災害時などに電気が使えなくなったとき、電気自動車(EV)が非常用電源になることを知っていますか? 2019年に台風15号の影響で千葉県内が停電した際は、東京電力と自動車メーカーが協力し、現地にEVを派遣して被災生活を送る方々にEVを通じて電気の供給を行いました。今回は、この例と同じように、EVが災害対策に活かされている最新プロジェクトの舞台裏をレポート。千葉市内で行われている、EVバスを活用してスポーツクラブを地域の防災拠点に役立てる試みを紹介します。
送迎用バスを“非常用電源”に変身させた一大プロジェクト
今回のプロジェクトの実証場所となったのは、千葉市稲毛区にある「スポーツクラブ&スパ ルネサンス 稲毛24」(以下、ルネサンス 稲毛24)です。
ルネサンスは全国各地にたくさんのスポーツクラブを展開する企業で、水泳やテニスのジュニアスクールにも力を注いでいます。災害時に電源となるEVバスは、平常時はスクールの送迎用としてCO2(二酸化炭素)の削減に役立てています。
また、EVバス用の充放電器、定置型蓄電池、太陽光発電からなる「V2Xシステム」の設置とそのエネルギーマネジメントは、東京電力エナジーパートナー(以下、東京電力EP)が実施中です(「V2Xシステム」について、詳しくは 後で説明します)。
スポーツクラブの送迎用バスをEVにすることで、地域の人々のくらしはどのように変わるのでしょうか? 株式会社ルネサンスの伊藤純一さんと鈴木節子さん、東京電力EPの萩原裕之さんと塚田耕三さんに、今回の取り組みについて話を聞きました。
EVバスで実現する「スポーツクラブ=安全な施設」という夢
──そもそも、どのような経緯で今回のプロジェクトがスタートしたのでしょうか? きっかけと目的について教えてください。
鈴木(ルネサンス) 私たちのようなスポーツクラブは、地域の方々に支えられています。なので、せっかくなら健康づくりだけでなく、地域に貢献する安全・安心な施設として地域の方々のお役に立ちたいという思いがありました。
それにはどのような方法があるのか、東京電力EPの萩原さんと常々お話していたんですね。ルネサンス 稲毛24は千葉市と防災協定を結んでいることもあり、そうした「夢」の第一歩を今回、稲毛店にEVバスを導入するという形で実現しました。
萩原(東京電力EP) 2019年ごろからルネサンスさんと環境問題などの課題を一緒に考える機会が増えました。そういうなかで、ルネサンスさんの考えに共感し、我々としても低炭素化や防災機能の強化の面で役に立ちたいという思いがあったことがプロジェクト実現の背景にあります。
また、私たちはEVの普及拡大には充放電が行える機能を兼ね備えた「V2X」というシステムの普及も欠かせない要素と考え、以前からメーカーさんと機器の開発を行ってきました。
そこで、ルネサンスさんと「V2Xシステム」を通じてスポーツクラブを防災拠点とする共同実証を行うことにしたのです。
停電時には1〜2分で復旧。ヒミツは「V2Xシステム」の自動制御
──なるほど、具体的にプロジェクトの内容を教えてください。どんなメリットがあるのでしょうか?
萩原(東京電力EP) プロジェクトは「平常時」と「災害時」の2つの場面を対象にしています。平常時はEVバスを送迎に使用して低炭素化に貢献するほか、EVバスの大容量バッテリーを定置型蓄電池や太陽光発電と連動させて施設の電源にも利用し、ピークカットなどの省エネルギーに役立てます。
災害時には、定置型蓄電池と太陽光発電に加え、EVバスのバッテリーを非常用電源として活用します。台風の影響などで停電すると、「V2Xシステム」が1〜2分で自動的に起動し、施設に電気が供給されるようになっています。
〈図〉平常時と災害時(停電時)の運用メリット
鈴木(ルネサンス) 「V2Xシステム」が起動すれば、ジムのフロアに照明がつき、ラウンジのコンセントの電源も使用可能になるため、携帯電話の充電に困りません。さらにトイレの水も流れるようになります。当クラブでは井戸水を汲み上げているのですが、そのポンプを動かす電気としても使用でき、トイレも平常時と同じように使うことができます。
EVに貯めた電気をフィットネス施設に送る「V2Xシステム」の仕組みとは?
──このプロジェクトで重要な役割を果たす「V2Xシステム」は、多くの人にとって耳慣れない単語だと思います。簡単に言うと、「V2X」とはどんなシステムなのでしょうか?
塚田(東京電力EP) EVに多少興味のある人なら、「V2H(ヴィークル・トゥ・ホーム)」という言葉を聞いたことがあると思います。EVに搭載したバッテリーに貯めた電気をご家庭内でも使えるようにするシステムです。
「V2X」の「X」は、EVと接続する「何か」です。EVとつなぐ対象物が家なら「H」となり、ビルなら「B」となります。今回の場合、V2B(ヴィークル・トゥ・ビルディング)と考えてください。
──台風などで地域が停電した場合、「V2Xシステム」でどれくらいの時間、施設に電気を供給できるのでしょうか?
塚田(東京電力EP) 定置型蓄電池とEVバスのバッテリーが満充電の状態で、重要箇所の照明と井戸水および給水ポンプを平常時と同じように使用したとして、およそ16時間程度の使用が可能です。節電していただければもう少し長く使うことができます。
EVバスがないと8時間ほどになってしまいますが、日中は太陽光発電で定置型蓄電池に充電することができるので、使用時間を延ばすことができると考えています。
EVバスの評判は上々。ただ、「価格」と「航続距離」には課題が…
──EVバスを導入し、「V2Xシステム」の運用を開始したのは2020年8月末のようですね。それからおよそ1年あまり。この間に感じたプロジェクトの課題を教えてください。
鈴木(ルネサンス) EVバスについて言うと、一番の課題は「価格」と「納期」です。EVバスは市販車がないので、ディーゼル車をEV化する改造を専門業者に依頼する必要があります。
補助金を利用しても車両価格は高額となり、さらに車両が完成するまでに約10カ月かかりました。また、EVに対応できる整備工場は非常に少なく、メンテナンスに関してもディーゼル車やガソリン車のようにはまだいきません。
──バスとしての性能はどうでしょうか?
伊藤(ルネサンス) 通常の運行には支障はないのですが、バッテリーの持ちには少し物足りなさを感じます。EVはエアコンのON/OFFで、バッテリーの減りの速さが変わるのですが、夏場はやはり厳しいですね。いま、EVバスとディーゼルバスで1日5回、交互に運行しているのですが、できることならすべてEVで運行したいと思っています。
ただ、乗り心地など、EVバスに対するジュニアスクールの生徒さんの反応は非常にいいです。お子さんがEVに関心を持ち、各ご家庭で「EVって何?」と話題になったそうです。そういうふうに関心を持っていただけるのは、私たちとしても予想外でした。
──「V2Xシステム」の運用ではどうですか?
塚田(東京電力EP) この「V2Xシステム」は、2018年に東京電力EPからアイデアを出してメーカーにつくっていただいたのですが、実際に使用してみると、「こういう機能がほしかった」「もっとこうした方が…」という部分が出てきました。
たとえば、平常時は定置型蓄電池、EVバス、太陽光発電で電力のピークカットを実施していますが、そのために蓄電池を多く使ってしまうと災害などの停電時に使う容量が少なくなってしまうのです。
いつ停電が起きても大丈夫なように必要な蓄電量を確保し、そのうえでどこまでピークカットできるかが課題のひとつです。
理想は、全国への展開。防災にも役立つスポーツクラブへ!
──課題も見つかったようですが、EVを通じて地域の防災活動に貢献するというのは非常に大切な取り組みですね。最後に、今回のプロジェクトの先に見すえた目標を教えてください!
萩原(東京電力EP) 今回のプロジェクトに利用している「V2Xシステム」はハイエンド機のため、まだ導入コストが高いのは事実です。ただ、こうした地域貢献の仕組みは必要なものだと思います。課題をしっかり解消していき、いずれは顧客の企業さまと「ZEB(通称ゼブ:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)※」を実現していきたいですね。
※ZEB:快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のこと
鈴木(ルネサンス) 理想として、全国の拠点となる地域で防災に役立つ施設を増やしていきたいという夢はあります。スポーツクラブは1〜2kmほどの範囲にお住まいのお客さまが多いので、通い慣れた場所に避難するほうが安心だし、安全だと思います。
その夢を実現するためにも、いま行っている共同実証でさまざまなことを探っていかなければならないと考えています。
災害時のEV活用がもっと身近になる世界へ
大きな災害時には、電気、ガス、水道、電話、道路などのインフラが麻痺し、防災機関の救助活動も困難を極めます。そのとき大きな役割をはたすのがEVであり、「V2X」などのシステムです。
自動車メーカー各社も、自治体などと防災協定を結び、EVを公用車として使ってもらうことで災害時に電源として役立てたり、災害時にEVを貸し出す防災プログラムを開始したりしています。
コストの問題、運用面の問題など課題はありますが、災害時にEVがはたす役割について今後も注目していきたいと思います。