【EV普及の舞台裏】今から20年前。東京電力が描いたEVの未来

姉川尚史(東京電力ホールディングス株式会社 フェロー)、福岡建志(東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所 知的財産室 国際標準化推進グループ)

環境汚染や気候変動の要因となる排出ガスを出さないモビリティとして、普及が進むEV(電気自動車)。しかし現在の活況に至る道のりは、決して平坦なものではありませんでした。たとえば2000年代初頭には、それまで積極的に進められていたEVの開発が、世界的に停滞する情勢にあったのです。それでも普及の道が閉ざされなかったのは、EVの可能性を信じ、情熱を失わず研究開発を続ける人々の存在があったからでした。当時を知る研究者の証言をもとに、東京電力がEVの開発普及において果たした役割についてご紹介します。

1990年代にピークを迎えていたEVの研究開発

ガソリン車に先駆け、19世紀末から開発が進められていたEV。環境問題の改善やエネルギー資源の有効活用という観点から大きく注目されるようになったのは、1960年代半ばのことでした。東京電力でも1966年に、三菱重工の自動車部門(現在の三菱自動車工業)と「三菱360バン」を改造したEVを共同開発。1971年には「ミニカEV」を営業所に導入しています。

三菱360バン

三菱360バン

ミニカEV

ミニカEV

 

V2Hバナー

 

その後、象徴的なターニングポイントとなったのは、1990年にカリフォルニア州大気資源局が施行した、自動車メーカーに対して一定量のZEV(zero emission vehicle=無排出ガス車)の販売義務付けを行うZEV規制です。当時、ZEVに相当する車両はEVしかなく、各国の自動車メーカーはこぞってEVの開発に注力することになりました。

当時のEVは、鉛蓄電池にかわりニッケルカドミウム電池やニッケル水素電池を搭載することで、航続距離や充電時間、耐久性などの性能も大幅に向上していました。

もちろん日本でも、EVの実用化にむけた研究開発が盛んになっていました。東京電力が研究開発にかかわったEVを例に挙げれば、三菱自動車工業と共同開発した「ランサーバンEV」(1991年)や「リベロEV」(1993年)、東京電力自らが組織したEV研究会と、東京R&D、明電舎、日本電池(現在のGSユアサ )で共同開発した「IZA」(1991年)があります。

リベロEV

リベロEV

IZA

IZA

なかでも「IZA」は、最高速度176km/h、1回の充電での走行距離548kmという、当時の世界最高記録となる驚くべき走行性能を実現し大きな話題を呼びました。また「リベロEV」は、28台が東京電力の事業所に配車され、サービス業務や電力施設の保守・点検といった日常業務での使用を通じて、EV普及に向けた性能面や充電システムのあり方の検証に役立てられました。

東京電力経営技術戦略研究所に展示されているIZA

東京電力経営技術戦略研究所に展示されているIZA

 

しかし、2000年代に入るとEV開発の機運が停滞。その理由は?

このように90年代には加速が付きそうであったEVの開発ですが、2000年代に入ると開発や普及の機運が停滞してしまいます。いったい、何があったのでしょうか。2002年から2011年までEVの研究開発に携わった姉川尚史(現・東京電力ホールディングス株式会社・フェロー)は、当時の情勢を次のように分析します。

「 EVはまだ性能不足という認識がありました。そのため、一気にEV化は進められないと主張する自動車業界とZEVを推進するカリフォルニア州の規制当局の対立が大きくなっていきました。その後、自動車業界は開発途上であったEVを一斉に市場から撤退させたのです。とはいえ、自動車業界もまったく努力をしないというわけには行かなかったので、燃料電池車(FCV)を開発することになり、そのための時間が欲しいとも主張しました。一方、規制当局でもゼロエミッション車がないのではどうしようもなかったため、ZEV規制の度重なる延期と緩和につながったのです。しかし、当時のEVも電池やインバータの進化により、性能が格段に向上していましたので、真剣にEVの開発を継続していれば、今の状況は10年は早めることができたと思います。」(姉川)

姉川尚史(東京電力ホールディングス株式会社 フェロー)

姉川尚史(東京電力ホールディングス株式会社 フェロー)

またこの時期には、ゼロエミッション車に準じる環境にやさしいガソリン車として、ハイブリッド車やクリーンディーゼル車の普及が進み始めたといいます。

「ご承知の通り、ガソリン車の製造販売は地球規模の巨大産業となっています。そのため、EVへのシフトが急速に進んでしまうと産業の維持ができなくなると危惧して、内燃機関であっても環境にやさしい技術を市場に展開しようとして、代替技術の展開につながったわけです。」(姉川)

つまり、自動車メーカーが環境にやさしいモビリティにEV以外の選択肢を模索するようになったことで、相対的にEVの開発が「停滞」したというわけですね。

EVの未来を信じ、積極的な開発研究を志す

原子力関連のエンジニアだった姉川が、自ら志願してEVの研究開発部門に異動したのは、EVの研究開発が停滞していた2002年のことです。当時の姉川は、EVにどのような可能性を感じていたのでしょうか。

「私はそれまで、原子力を安全に制御するための研究開発に従事していました。EVに興味を持ったのは、EVが普及することで、環境にやさしい電気の可能性や、電気をつくる電源の重要性について、皆さんに感じていただく機会が広がると考えたからです。

2000年代初頭、自動車メーカーは環境にやさしいモビリティとしてハイブリッド車やクリーンディーゼル車の展開に注力するようになっていました。しかし、それらは依然として化石燃料で走るわけですからゼロエミッションは達成できません。また、FCVの開発も盛んになっていましたが、EVに比べ実用化に時間がかかるのは明らかでした。」(姉川)

そこで姉川はEVの普及に、東京電力がより積極的に寄与すべきと考えるようになったといいます。

「それまでも、共同開発という形で東京電力はEVの開発にかかわっていました。しかしEVを普及させるためには、さらなるイノベーションが必要と感じていました。そこで、自動車メーカーとの連携をさらに強化し、互いの得意分野に特化した研究開発を進めたのです。」(姉川)

再び活気を取り戻したEVの研究開発。電池や充電器に大きな進化を起こす

姉川の強い意志を原動力に、東京電力とEVのかかわりは、より深くなっていきました。この時期における最初の具体的な成果となったのが、2005年に富士重工業(現在のSUBARU)と共同開発した「スバルR1e」です。

スバルR1e(右)とi MiEV(左)

スバルR1e(右)とi MiEV(左)

最大の特徴は、高いエネルギー密度とパワー密度、長寿命を実現したリチウムイオンバッテリーを搭載したこと。そして、わずか15分で約80%の充電ができる急速充電を可能にしたことでした。

「R1eのためにNECラミリオンエナジー(当時)と共同開発したラミネート型のリチウムイオンバッテリーは、EVの普及にとって大きなイノベーションとなりました。このときに培った技術は、後に日産リーフに採用されることになります。また、東京電力が長年培ってきた充電技術を活かして、リチウムイオンバッテリーを搭載したEVのための新たな急速充電方式を開発しました。これが、現在のCHAdeMO規格です。」(姉川)

その後、三菱自動車工業も共同開発に加わり、R1eと三菱自動車工業のi MiEV は、実証実験を兼ね、東京電力の業務用車両として活用されました。

「それまでに営業用の車両として導入されたEVは、性能不足などの理由から、社内では評判が悪かったんです(笑)。その点、R1eとi MiEVは急速充電器の設置と相まって及第点をもらうことができたので、実用化に向け大きな自信を持つことができました。」(姉川)

EVの普及に欠かせない、急速充電の共通規格を開発

自動車メーカーをはじめ、電池や充電器メーカーと協力しあいながら進められたEVの研究開発。話題に上る機会が多かったのは車両開発の分野における協力ですが、姉川が研究チームに参加するようになってからは、充電器の技術革新を起こすことで、EVのインフラ整備を推進することに一層の注力をすることになります。

「現在もそうですが、EVのネックは航続距離の短さです。この問題を解決するため自動車メーカーでは、主に車両に搭載する電池の容量を増やすことに注力しています。もちろん、それもひとつの方法ですが、電池の大容量化はEVの価格に直結しますし、重量が増えることで電費も悪くなってしまいます。ユーザーメリットを考えれば、急速充電の技術を進化させることや、充電スポットを整備させることも、電池の大容量化と同じくらい重要なことですよね。だから、我々が進んで、そちらの分野を担おうと考えたわけです。」(姉川)

充電スポットの拡充にも積極的に貢献

「まだEVが販売されていない時に、ほとんど飛び込み営業のような形で、ショッピングモールや高速道路のサービスエリアなどに、自分が直接交渉をして急速充電器を設置させてもらいました。トラブルがあった際の連絡先として、自分の携帯電話番号を機器に貼り付けていたので、対応が大変でしたね(笑)」(姉川)。

当時、姉川と行動を共にしていた福岡建志(現・経営技術戦略研究所)は、次のように振り返ります。

「EVの急速充電器を設置することは、施設としてはもともと想定していませんでした。当時、急速充電器の設置工事も担当していましたが、設置のためのノウハウもありませんし、すべてが試行錯誤でした。現地での電源の空き容量の確認から、設置場所までのケーブル敷設ルートの選定等、既存設備の状況に合わせた様々な対応が必要でしたが、実際に設置していく中で、ノウハウを得ることができました。それらのノウハウは後に「電気自動車用急速充電器の設置・運用に関する手引書」として取り纏め、CHAdeMO協議会から発行しました。」(福岡)

大黒PAにおける急速充電器の設置工事

大黒PAにおける急速充電器の設置工事

「また、都市部の住宅環境での普通充電が出来るようにすることも大切であり、立体駐車場でも充電が出来ることを目指し実証試験を行いました。その結果、立体駐車場メーカーから商品化され、充電場所の選択肢を広げることができました。」(福岡)

立体駐車場に設置された充電器から充電

立体駐車場に設置された充電器から充電

充電器の設置場所を示す全国共通の案内サインである「CHARGING POINT」も、この時代に東京電力が作成したものです。

「CHARGING POINT」の案内サイン

 

EV充電の国際規格となったCHAdeMOとは?

CHAdeMOロゴ・マーク

CHAdeMOロゴ・マーク

東京電力が開発した新たな急速充電方式は、その後CHAdeMOと名づけられました。

「EVに搭載される電池は、様々なメーカーによってつくられています。また、その進化は日進月歩となっています。もし、EVがそれぞれ個別の充電規格を採用していたら、充電器や充電スポットの開発は、とても面倒なものになってしまいますよね。そこで求められるのが、どんなEVにも柔軟に対応できる、CHAdeMOのような充電規格なのです。」(姉川)

電池の電圧や必要な充電電流などの情報をEVから受け取り、安全かつ最適な速度で充電を。つまりEVが主、充電器側が従となる関係を結ぶのがCHAdeMOの真の特徴となります。

「東京電力では、CHAdeMOに関しての特許はすべて開放しています。なぜなら充電の共通規格をつくることで、車両や電池、充電器の開発を自由に行えるようにし、EVを普及させることが目的だからです。」(姉川)

社会全体を巻き込む形でCHAdeMO協議会を設立

姉川たちはEVを普及させるため、社会全体を巻き込む働きかけも行いました。それが、トヨタ自動車、日産自動車、三菱自動車工業、富士重工業(現在のSUBARU)、そして東京電力の5社が幹事となり、2010年に設立されたCHAdeMO協議会です。

「協議会の設立に動いたのは、なるべく多くの意見を集めることで、CHAdeMOをより良い規格にしたいと思ったからです。国内外の自動車メーカーや充電器メーカーはもちろん、充電サービス関連企業や行政などに声を掛け、設立当初から海外企業19社を含む158団体に参加していただくことができました。」(姉川)

福岡建志(東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所 知的財産室 国際標準化推進グループ)

福岡建志(東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所 知的財産室 国際標準化推進グループ)

「(姉川は)とにかくパワフルな人という印象でした。損得勘定ではなく、とにかくEVを普及させたいという想いで動いていのだと思います。東京電力が中立の立場にあったという事情もあるのでしょうが、国内外を問わず多くの企業がCHAdeMO協議会に参加していただけたのは、姉川の熱意に心を動かされたからではないでしょうか。」(福岡)

姉川や福岡らによる研究チームの情熱が形になったともいえるCHAdeMO。協議会の設立から4年後の2014年には、電気自動車用急速充電規格の国際標準として承認され、現在では世界各国で採用される、急速充電器規格の世界標準となりました。

世界に普及するCHAdeMOの充電器(出典)CHAdeMO協議会 2021年5月時点

世界に普及するCHAdeMOの充電器(出典)CHAdeMO協議会 2021年5月時点

 

EVの普及が、電気の明るい未来につながる

2000年代初頭に訪れた停滞期を乗り越え、普及が進むEV。その道程を支えたのは、早い段階からインフラ整備が重要と考えた、姉川や福岡たちの情熱でした。

そして現在、EVが普及した先に待つ未来には、当初は予測できなかった大きな可能性が生まれたといいます。その原動力となるのが、EVと他の機器を結ぶ技術「V2X(Vehicle to X)」です。

「私がEVの研究開発に携わっていた当時、EVに搭載された電池を他の用途に活用するという発想はありませんでした。しかし技術の進化によって、EVの電池を非常用電源に用いたり、EVに蓄えた電力を家屋や電力系統に供給して再生可能エネルギーの有効活用に用いるといったことが可能になりつつあります。」(姉川)

「『発電した電気は貯められない』というのがこれまでの常識でしたが、EVが普及すれば、その常識も覆されます。発電量が不安定な太陽光発電や風力発電の、余剰電力のバッファ等としてEVを活用することで、より地球にやさしい電気の使い方ができるようになりますし、災害時における活用もできるわけですね。そこで東京電力では現在、EVの研究開発や普及に加え、V2Xの分野にも力を入れています。加えて、国際標準化のフィールドにおいても、EV等の利用価値がより高まるよう取り組んでいるところです。」(福岡)

姉川尚史(東京電力ホールディングス株式会社 フェロー)、福岡建志(東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所 知的財産室 国際標準化推進グループ

仕事をするうえでのモットーは「利益は後からついてくるもの」だという姉川。EVの研究開発や普及にかけた情熱の起点には、常に「先憂後楽」の基本精神があったといいます。

「誰かが困っていることを知恵と努力で助け、それに対する対価をもらうことがビジネスの基本だと信じています。我々がEVの普及を目指す理由の第一は、環境問題という人類がクリアすべき課題の解決につながる技術やサービスを提供することにあります。またV2Xの研究開発が進めば、再生可能エネルギーをより効率よく使っていただくための道も拓けます。どちらも時間がかかるものなので、すぐに利益が出るわけではありませんが、長い視野でみれば人類全体の幸福につながるビジネスとなるはず。それこそ、東京電力が担うべき使命といえるのではないでしょうか。」(姉川)

環境汚染や気候変動の要因となる排出ガスを出さないモビリティとしてだけでなく、再生可能エネルギーをより効率よく活用するためのインフラにもなり得るEV。東京電力ではこれからも、様々な形でEVの普及に取り組んでいきます。

この記事の著者
EV DAYS編集部
EV DAYS編集部