廃炉作業が進む福島第一原子力発電所で、2023年1月から電気自動車(EV)のバスの運行が始まりました。東京電力が作業従事者の構内移動用として導入したものです。このEVバス以外にも自社の業務車両の電動化100%を目指すなど、東京電力はEV化を積極的に進めています。なぜ電力会社がこうした取り組みを行うのでしょうか。その背景には東京電力の“EVに対する本気”がありました。
福島第一原子力発電所に導入された「EVバス」
2023年1月から福島第一原子力発電所で運行が開始されたのはBYD製のEVバス「K8」2台です。東京電力の社員や協力会社の作業員の発電所構内の移動用バスとして運行しています。
2台のEVバスは日本の公共交通機関で主流となっている全長10.5mの大型バスで、乗員可能人数は81人。一般的なディーゼル車のバスに比べて振動が少なく、走行音も静かなので乗員にストレスを与えません。こうした特徴はEVバスならではと言えるでしょう。
ご覧のようにEVバスの外装にはラッピングが施されています。このデザインは地球環境と人間の共生、防災をイメージしたもの。東京電力は業務車両の電動化を通じたカーボンニュートラル社会の実現に向けて積極的に取り組んでおり、今回のEVバスはその一環として福島第一原子力発電所に導入されたものです。また、「EVバスを自ら導入することで、運行や充電のオペレーション、必要な電気設備等の知見を集積し、EVバスの導入を検討するお客さまの支援や課題解決にも活かしていく」とのことです。東京電力は、今回導入する2台のEVバスの運行状況をふまえて、今後、構内を運行するEVバスの台数を増やしていくことを検討する予定だと言います。
とはいえ、「電力会社がなぜEV化に取り組むのか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。車両の電動化を通じてカーボンニュートラルの実現に貢献するとは、具体的にはどのようなことでしょうか。東京電力ホールディングス(以下、東電HD)EV推進室の齋藤さんに「東京電力がEVの普及拡大に本気で取り組む理由」について話を聞きました。
EVバス導入の背景にある「東京電力のEVへの本気度」
──まずは、なぜ東京電力がEVの普及拡大に取り組むのかを聞かせください。
齋藤(東電HD・EV推進室)「東京電力はグループとして2021年7月に『安心で快適なくらしのため エネルギーの未来を切り拓く』という経営理念を策定しました。実現に向けたビジョンでは『カーボンニュートラル』と『防災』の2つが軸となっており、それを実現するための最重要ポイントのひとつがEVです。日本国内のCO2排出量の約2割はマイカー含む車などの運輸部門によるもので、EVの普及拡大が脱炭素に不可欠なソリューションと考えています」
──たしかに脱炭素と防災のどちらの面でもEVは重要です。
齋藤(東電HD・EV推進室)「東京電力は電気を作る側のCO2排出量の削減、長期的には実質ゼロにする目標を掲げて取り組んでいますが、電気を使う側としても車両の電動化を進めています。また、EVの電源として再生可能エネルギーを利用することにより、さらにカーボンニュートラルにつながります。さらに、EVはバッテリーに蓄えた電気を取り出すことで災害時に『動く電源』として活用できます。再エネの大量導入時に、EVのバッテリーに使いきれない電気を貯めることで、再エネを有効に活用することや電力系統を安定化させることも可能になります」
──それが東京電力の考える「EVの価値」ということですね。
齋藤(東電HD・EV推進室)「だからこそ東京電力はEVの普及拡大に本気で取り組んでいます。従来から積極的にEVの普及促進につとめてきましたが1)、現在はEVを重点事業に位置づけ、グループ全体で取り組みを進めています。福島第一原子力発電所に導入したEVバスは、そうした東京電力の本気の取り組みの一環です」
東京電力の本気の証し「EV100」とは?
こうしたEVに対する東京電力の“本気”を象徴するのが「EV100」です。EV100とは業務車両の電動化100%や充電インフラ整備などを推進する企業が参画する国際イニシアチブのこと。2023年1月時点で日本企業の加盟は7社のみで、東京電力は2019年5月に国内エネルギー企業として初めて加盟しました。
EV推進室の齋藤さんはEV100への参画についてこう話します。
齋藤(東電HD・EV推進室)「日本国内でEVの車種がほとんどない時期から、東京電力は業務車両としてEV導入を進めてきており、2019年時点ですでに400台を超えるEVを保有・運用していました。『安心で快適なくらし』のために、今後さらにEVの普及拡大を進めていく中で、まず自らがEVを積極的に導入し、課題解決の知見を蓄える必要があります。そこで、国内エネルギー企業としてはいち早くEV100に参加し、グループの業務車両約3,600台を2025年度までに50%、2030年度までに100%電動化するという目標を設定しました」
日産「サクラ」や三菱「eKクロスEV」も社用車に導入
具体的には電動化100%に向けてどのような取り組みをしているのでしょうか。まず業務車両の電動化は、国内で販売されている日産「リーフ」を中心に各事業所で導入を進めていますが、今期は軽自動車のEVの日産「サクラ」や三菱「eKクロスEV」もいち早く導入したと言います。
業務車両は設備保全や顧客訪問などでの用途が多く、狭い山道や住宅地を走ることが少なくないことから、社員アンケートでも「軽自動車のEVがほしい」というニーズが非常に高いことがわかったためです。
充電環境については、東京電力グループのe-Mobility Powerが公共充電のネットワークづくりを行っています。EV向けの公共充電は2022年3月末時点で、全国で急速充電器が約7,400口、普通充電器が約1万2,800口に上ります。2025年度には、急速充電器を現状の2倍程度の15,000口まで拡充予定とのことです。
また、業務車両を電動化しても電源が化石燃料に依存したままだったら本末転倒です。そこで、業務車両のCO2排出量を実質ゼロにするために、東京電力グループの日本自然エネルギーより「グリーン電力証書」を購入して走行分電力のグリーン化をはかり、充電に使用する電力に再生可能エネルギーの価値を与えています。
そのほか急速充電器を複数企業で共同利用する試みや複数台のEVを導入する際の充電設備のコスト抑制につながる充電器「多台数対応EV普通充電器」の開発・販売なども行っています。興味のある方は以下の記事をご覧ください。
電動化100%に向けて。成果と見えてきた課題
業務車両を電動化したことにより、どんな成果や課題が見えてきたのでしょうか。実際に日々の仕事にEVを使用している東京電力パワーグリッド(以下、東電PG)木更津支社の平野さんと戸倉さんの2人に、業務車両の電動化のメリットと課題についてお聞きしました。
なお、木更津支社は東京電力のなかでも比較的早い時期に業務車両を電動化し、駐車場には「リーフ」などのEVと、上の写真のように200Vの充電用コンセントがズラリと並んでいます。
「災害時の動く電源」のEVに興味を持つ人が増加
──業務でどのようにEVを利用していますか。
平野(東電PG)「私は地域対応をしているのですが、自治体や地域のお客さまを訪問する際に利用しています。日々の移動距離は長くても40〜50km。充電は帰社時に駐車場の普通充電器のケーブルをEV車のコネクタに挿して行っています。翌日出社したときにはフル充電になっているので、そこは助かりますね。お客さまとの約束があるときに給油時間を加味する必要がなくなったので、移動時間を計算しやすくなりました」
戸倉(東電PG)「私は管財グループという部署で、電柱や送電線の用地の取得をしたり、地権者さまのお宅を訪問したりと、房総半島の下半分を占める広大なエリアをリーフで走り回っています。平野と違い、1回の移動距離は長いときでおよそ250kmを超えることもあります。冬の寒い時期は暖房を使うためにリーフの航続距離が減少し、電欠にならないかとヒヤヒヤしたこともありました」
──業務車両の電動化にはどんなメリットがあると思いますか。
平野(東電PG)「EVは運転がしやすく走行音が静かなので、訪問時にご近所に対して騒音などを気にする必要がなくなりましたね。また、EVを災害時の非常用電源に使うことを自治体にご提案することが多いのですが、自分が乗っていると実際にEVを見ていただくことができるので、そうした提案も行いやすくなりました。そこは間違いなくメリットだと思います」
戸倉(東電PG)「自分自身がEVに乗ることによりお客さまへの提案が説得力を増すという点は私も同感です。とくに2019年の台風15号では、鉄塔や電柱が倒壊したことから大規模な停電が発生し、多くのお客さまにご迷惑をおかけしてしまいました。以降、地域のみなさまの災害対策の意識が高まったこともあり、EVに乗っていると『災害時の動く電源』として興味を抱くお客さまが非常に多くなっていると感じています」
──逆に業務車両の電動化の課題があれば教えてください。
戸倉(東電PG)「やはり充電環境だと思います。40〜50kmの移動なら、事業所構内の普通充電器で充電しておくだけで十分ですが、私のように広域のエリアを移動する場合は、事業所での基礎充電だけでは航続距離が心配です。移動距離が長い日は、どうしても移動の途中で充電する必要がでてきます」
──そうした課題はどのように改善したのですか。
戸倉(東電PG)「木更津支社には急速充電器もあるのですが、長距離を移動する際、充電のために支社に戻ると時間のロスが発生してしまいます。そこで、e-Mobility Powerの充電ネットワークが使える公共充電カードを導入したところ、外出先で急速充電したのちに業務を再開することができ、業務の効率性が向上しました。私は公共充電スポットをよく利用しますが、充電時間を利用して車内でお客さまとの面談の議事録を作成する等、時間を有効に使っています。」
「マラソン大会の伴走車にEVを」とのオファーも
平野(東電PG)「実際にEVを使って感じるのは、思っていた以上にEVに対する地域のみなさんの関心度が高いことです。木更津支社では、防災イベントなどがあると、リーフのラッピングカーを会場に入れてブースを設営するんですね。リーフから外部給電器を通じて給電し、非常用電源に活用できることをPRしているのですが、イベントに来場したお客さまにはかなり興味をもっていただいています」
戸倉(東電PG)「千葉県は自治体のマラソン大会が多いのですが、その際に『ぜひEVを伴走車に入れてください』とリクエストされることもあります。実際にEVを使っていると、興味をもってもらえる幅が広がるというのが実感です」
社用車だけじゃない。EV普及は電力会社の使命
東京電力が取り組んでいるのはEV100だけではありません。たとえば、2019年5月のEV100への参加から1年後、東京電力はNTTや日立製作所、リコーとともに「電動車活用推進コンソーシアム」を立ち上げました。会員にはEVを導入したい企業や団体がズラリと名を連ね、トヨタ、日産などの車メーカーも参加しています。
この取り組みでは、ユーザーである企業の「こういう仕様のEVがほしい」といった声を集約してメーカーに提言しています。ユーザーとメーカーがお互いに協力し合い、よりEVを導入しやすい、よりEVをつくりやすい環境を整備しようという試みと言えるでしょう。
また、高速道路のSA・PAや商業施設、道の駅など、日常的に訪れる場所に設置されている公共充電スポットも東京電力グループのe-Mobility Powerが整備を進めています。前述のように、EV向けの急速充電器は約7,400口、普通充電器は約1万2,800口(2022年3月末時点)ありますが、2025年までに急速充電器数を倍増させる計画です。EVの普及拡大には充電環境の整備が不可欠ですから、こうした点も東京電力がEV普及を電力会社の使命と考えている証と言えます。
EVの普及拡大には課題があることも事実でしょう。業務車両の電動化100%についても、EV導入と同時に充電器の設置を進めなければならないので、目標達成には手間とコストがかかります。
それでも『安心で快適なくらし』のためにEVの普及拡大に取り組むというのが東京電力の“本気”です。業務車両の電動化でEV普及はどのように進むのか、今後もご報告していきたいと思います。