電気自動車(EV)を始め、脱炭素社会の実現に向けて、あらゆる場所・あらゆる局面で対策が打たれています。EVのエネルギーとなる“発電の現場”も例外ではありません。EV DAYS編集部は、その最前線であるJERAの「碧南火力発電所」を取材してきました。
EV DAYS編集部が“発電の現場”を取材する理由
EVは走行中にCO2を排出しないクリーンな移動手段として注目されています。しかし、その電気がどこから来るのかを考えたとき、「充電する電気をつくる過程でCO₂を排出しているのでは?」という疑問の声が上がることがあります。
現状、日本の発電電力量の約7割を占める火力発電ではCO2が排出されており、EVの真の意味での環境負荷ゼロを実現するには、発電の脱炭素化も重要なテーマです。
EV DAYS編集部では、「脱炭素社会の実現はEV普及と環境負荷の少ない発電がセットである」という視点から、電気を使う側だけでなく、つくる側にも注目しています。EVの環境価値を最大限に高めるためには、発電そのものをクリーンにする必要があり、その取り組みの最前線を知ることが不可欠なのです。
世界最大級の火力発電所「碧南火力発電所」
今回EV DAYS編集部が訪れたのは、愛知県碧南市にあるJERAの「碧南火力発電所」。JERAは、東京電力と中部電力の合弁会社で、国内火力発電の半分を占める発電能力と、世界最大級の燃料取扱量を誇ります。ここ「碧南火力発電所」は日本最大の石炭火力発電所であり、世界的に見ても最大級の規模を誇る発電施設です。
しかし、単に大規模な発電所というだけではありません。ここでは「ゼロエミッション火力」という、新しい発電技術の実用化が進められているのです。
取材に対応してくださったのは、碧南火力発電所の所長である坂充貴さん。最前線で脱炭素社会の実現に向けた挑戦を続ける現場のリアルな声を伺いました。
坂さん「JERAは東京電力と中部電力により2015年に設立され、2019年4月に両社の火力発電事業を統合しました。そして2020年に『JERAゼロエミッション2050』を掲げ、以来日本の電力供給の未来を変える挑戦を試みているのですが、この『JERAゼロエミッション2050』の中核となるのが『ゼロエミッション火力』なんです」
CO2を出さない火力発電「ゼロエミッション火力」とは?
ゼロエミッション火力とは、アンモニアや水素といった燃焼時にCO2を排出しない燃料を活用した発電を指します。これにより、従来の火力発電と同等の安定性を保ちつつ、環境負荷を大幅に削減することが可能になります。
坂さん「日本のエネルギー供給において、火力発電は欠かせません。しかし、脱炭素社会を実現するためには、火力発電もCO2を出さない形に変えていく必要があります。
というのも、再生可能エネルギーも急速に普及していますが、天候や時間帯に左右されるため、安定供給という面では課題が残ります。設置場所も限られますし、発電量も不安定ですからね。わかりやすい例が太陽光発電でして、当然太陽が出ていない時間帯は発電できません。
その点、火力発電は必要なときに必要なだけ発電することができるので電力の安定供給が可能です。また、不安定という再生可能エネルギーの弱点を、火力発電の特性のひとつである出力調整の機能を活用し補完していくことでも電力の安定供給を支えています。その火力発電をCO2を出さない形にすれば、再生可能エネルギーと組み合わせて持続可能なエネルギーシステムを構築できるわけです」
「ゼロエミッション火力」を実現する方法
では、具体的にどのようにして「ゼロエミッション火力」を実現するのでしょうか。現在JERAが進めているのは、従来の火力発電の燃料を石炭やLNGから「アンモニア」や「水素」に転換して燃焼する方法です。
アンモニアや水素は燃焼してもCO2を排出しないため、従来の火力発電を大幅にクリーンにすることができます。現在はアンモニアの方が先に技術開発が進んでいるそうです。なお、燃焼速度や熱量などの関係で、アンモニアは石炭火力、水素はLNG火力と相性が良く、その組み合わせで進めています。
坂さん「石炭火力の燃料をアンモニアに転換して燃焼させる方法を先に進めている理由は現時点で技術的なハードルが比較的低く、燃料供給網の整備が進めやすいためです。水素は長期的に見れば有望ですが、現状ではコストや供給体制の面で課題が多いのです。
水素(H2)を含む化合物であるアンモニア(NH3)は、輸送・貯蔵がしやすい点でメリットが大きいんですよね。燃焼時に排出される窒素酸化物(NOx)の課題をクリアすればそのまま燃料としても使えますし、水素(H2)と窒素(N2)に分解することもできるんです」
2050年に向けてのロードマップ
JERAは「ゼロエミッション火力」の実現に向けて、明確なロードマップを描いています。
坂さん「2024年4~6月にかけて碧南火力発電所4号機で、燃料の20%をアンモニアに置き換えて燃焼させる実証試験を実施しました。その結果を受け、現在は本格導入に向けた工事を実施しており2020年代後半から商用運転が開始する見込みです。
そして、2028年度までには碧南火力発電所5号機で、燃料の50%以上をアンモニアに置き換える実証試験を実施し、2030年代前半にはその商用運転をできたらと考えています。その先は2050年に燃料すべてをアンモニアにすることを目指していくことになりますね。
水素を使用した発電に関しては実証試験を2020年代、商用運転を2030年代半ばに実施することを目指しておりますが、現時点ではアンモニアの方が水素キャリアとしては有利であると考えています」
アンモニア転換率100%を見据えた課題
アンモニア転換率100%を目指していくにあたり現時点でいくつかの課題があるそうです。
坂さん「ひとつめの課題はアンモニアを燃焼させることで発生するNOx(窒素酸化物)の抑制ですね。ただ、アンモニア転換率20~60%の場合はパートナー企業と協働で開発している燃焼バーナを使用すれば目標値をクリアできる見立てが立っています。その技術を応用もしくは発展させていくことで転換率100%の際もNOxの抑制ができるよう開発を進めていきたいと考えています。
ふたつめの課題は燃料コストと市場環境ですね。アンモニアを燃料とした火力発電を安定的に行っていくためには、大量のアンモニアの確保が必要になります。現時点で石炭と比べてアンモニアの価格は約3〜4倍ですが、市場環境によってはさらに上昇する可能性は捨てきれません。一方、その対策としてJERAではアンモニアの上流開発から輸送・貯蔵、発電・販売までのバリューチェーンを海外の企業と協力して構築しているので、量産効果や技術革新次第でコストダウンをはかれる可能性は大いにあります。
また、ゼロエミッション火力発電の場合は石炭で火力発電を行った際に発生するCO2の処理コストなどがないわけなので、トータルコストでみることも重要ですね。
最後に、技術とコストの課題に加えて、アンモニア燃料の普及には政策的な支援も不可欠です。現在、JERAでは政府と連携しながら、実証試験やプロジェクト推進のタイミングを慎重に見極めていくステージに差し掛かっています」
ゼロエミッション火力がもたらす未来
JERAが取り組んでいるゼロエミッション火力は、単なる技術革新にとどまらず、社会全体に大きな影響を与えるもの。CO2を出さない火力発電の実現は、持続可能なエネルギー供給の確立と、気候変動対策の両立を可能にするはずです。
坂さん「現時点ではやっと階段の1段目に乗れた、という実感ですね。昨年(2024年)の実証試験が成功し、データもとれているので、やっと次のステージに切り替えていけるのかなと考えています。CO2の出ない火をつくる。それが我々の目標です」
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