
【連載:国沢光宏のEVのミカタ】自動車評論家の国沢光宏さんは、何台もの電気自動車(EV)を乗り継いできた業界きってのEVの達人です。そのEVの“味方”でもある国沢さんが、EVの正しい“見方”を解説する連載「国沢光宏のEVのミカタ」。第1回目のテーマは「トヨタと日産の中国向けEVはなぜ爆売れしているのか?」。EVシフトに苦戦する日本メーカーの勝ち筋をズバリ解説します。
※ 本連載はEV DAYS編集部による国沢さんへのインタビュー形式でお届けします。
国沢光宏さん

1958年、東京都中野区生まれ。自動車評論家。得意分野は新車の評価、自動車メーカーの分析、新技術の紹介など。自動車雑誌への寄稿を中心に、テレビやラジオのコメンテーターもつとめ、EV DAYSでは記事監修を手がける。趣味はラリー全般。WRC出場4回。2012年のタイラリー選手権シリーズチャンピオン。
中国で爆売れしているトヨタと日産のEV
EV DAYS編集部「国沢さん! 日産が中国の国営系メーカーの東風汽車集団とタッグを組んだ東風日産の新型EVセダン、『N7』が現地でめちゃくちゃ売れているそうですね?」
国沢さん「そこまで言うとオーバーですが、順調に売れています。しかも、日産だけじゃありません。同じくトヨタが中国の広州汽車集団と設立した広汽トヨタの『bZ3X』も、月間販売台数が外資合弁EVのなかで首位に立つなど大ヒットしています。日産とトヨタの現地合弁会社が開発した2車種は、それぞれ毎月8000~1万台程度、コンスタントに中国で売れているんです」

EV DAYS編集部「毎月1万台はスゴすぎる! 正直いって、日本のメーカーのクルマが中国で売れている印象はあまりなかったんですが、これまでのクルマと何が違うんですか?」
国沢さん「2台に共通しているのは、まず車両の開発期間が1年半程度と、従来の日本のメーカーだったら考えられないものすごいスピード感で開発されたということです」
EV DAYS編集部「1年半? 新型車の開発は通常4~5年はかかりますから、たしかに尋常じゃない早さです」
国沢さん「もうひとつ共通しているのは、駆動用バッテリーに使うリチウムイオン電池の種類。2台とも寿命が長くて安全性が高いLFP(リン酸鉄系)バッテリーを採用しているんですね」

EV DAYS編集部「日産は国内のEVにはまだ従来の三元系(NMC)バッテリーを使っていますし、トヨタも乗用車のEVは三元系です。でも、中国ではLFPが主流なんですよね?」
国沢さん「なぜLFPが主流なのかというと、長寿命や安全性もさることながらコストが安いからです。EVの車両価格のうち、かなりの割合を占める電池のコストを安く抑えれば、車両価格もその分だけ安くできます。実際、『N7』は11万9900元(約276万円:1元=23円で換算)~、『bZ3X』は10万9800元(約253万円)~と、中国メーカーの同クラスのEVと比べても遜色ないくらいの低価格です」
EV DAYS編集部「200万円台は激安ですね。ちなみに国沢さんは中国で『N7』に試乗したそうですが、どうでしたか? いくら価格が安くても走りや内装がチープだとウケなさそうです」
国沢さん「中国メーカーと互角以上に戦えるスペックをもっていると思います。乗り味や質感がよく、Momenta(モメンタ)という中国の自動運転先進企業の高機能ADAS(先進運転支援システム)を搭載し、15.6インチの大画面インフォテインメントディスプレイも採用するなど中国のトレンドをしっかり取り入れている。それでいて日本車らしい細やかな部分もちゃんともっています」

EV DAYS編集部「つまり、中国のユーザーの好みに合わせた高品質のEVを短期間でつくり、それを中国勢とも戦える低価格で発売したと…。じゃあ、なぜ日本で同じことをしないのですか? 高品質で安いEVなら国内でも売れると思うのですが…」
国沢さん「逆に聞きますが、なぜ日産やトヨタが世界一の自動車市場の中国で競争力があるEVを短期間で開発することができたと思いますか…? その理由は、いま中国では“EV戦争”という血を流さない戦争が起きているからです」
熾烈な過当競争の真っ只中にある中国市場

EV DAYS編集部「EVの戦争…! なんだか物騒な話ですけど、それはいったいなんなのですか?」
国沢さん「中国のEV市場は“内巻(ネイジュアン:破滅的競争)”と呼ばれる熾烈な過当競争の真っ只中にあるんですよ。その凄まじい競争は消耗戦といってよく、2019年時点でEVの完成車メーカーは500社近くあったのに、その多くが倒産や撤退に追い込まれて現在は40~50社に減少したといわれています」
EV DAYS編集部「EVメーカーが6~7年でピーク時の10分の1に減少してしまったんですか? ヤバすぎます」
国沢さん「どのメーカーも、生き残るために利益を削ってまで終わりなき値下げ競争を繰り返し、シェアを奪い合っているからです。中国ではEVやPHEV(プラグインハイブリッド車)の新モデルが16時間に1台発売されているといわれているほどで、最終的には15社程度まで淘汰されるでしょう」

EV DAYS編集部「そういえば、世界最大のEVメーカーとなったBYDでさえ、最近は中国国内の販売台数が前年比でかなり減少しているというニュースを見ました。それだけ競争が激しいんですね」
国沢さん「だから戦争なんです。にもかかわらず、新型コロナウイルスの流行が収束するまでの数年間、言葉は悪いですが、日本のメーカーは相変わらずのんびりしていたんですね」
EV DAYS編集部「のんびりとは? 具体的にいうと?」
国沢さん「高をくくっていたんですよ。以前の中国のクルマはそれほど性能がよくありませんでしたから、日本のメーカーは『価格が高くても性能がよくて信頼性があれば売れる』『日本車のブランド力があれば売れる』と考えていた。要は“戦時中”ではなく“平時”のような普通の考え方をしていたんです」
EV DAYS編集部「すでに戦争が始まっていたのに…」
国沢さん「そう。ところが、新型コロナが収束して日本のメーカーが中国に行ってみると、現地では高機能ADASやAIアシスタントを装備し、洗練されたデザインの高性能なEVがまるでスマホのような桁違いのスピード感で次々と市場に投入されていたわけです。日本のメーカーは相当驚いたと思いますよ。特に日本のメーカーに危機感を抱かせたのが、2023年の上海モーターショーで中国メーカーが発表したEVの圧倒的進化でした」

EV DAYS編集部「その話は聞いたことがあります。コロナ禍を経て4年ぶりに開催された2023年の上海モーターショーで、中国メーカーのEVの進化にみんな驚いたと…」
国沢さん「それを見て、トヨタの副社長で2023年からCTO(最高技術責任者)もつとめている中嶋(裕樹)さんは、『このままではトヨタはつぶれる』と深刻な危機感をもったそうです。現地を視察した日産の技術者も、やはり『いまのままでは中国メーカーの進化や開発スピードに敵わない』と感じたようです」
EV DAYS編集部「なるほど。その危機感が東風日産の『N7』や広汽トヨタの『bZ3X』につながっていったんですね」
トヨタと日産が売れるEVを開発できた理由

EV DAYS編集部「従来のやり方では中国メーカーに勝てないと気づいたトヨタや日産は、それでどうしたんですか?」
国沢さん「いちいち日本の本社にお伺いを立てて了承を得ず、中国メーカーのようなスピード感で”勝手に”開発を進めたんです。日本車だから価格が高くていいとか、そういうのもナシです」
EV DAYS編集部「本社の了承を得ないで勝手にやり始めた…。じゃあ、現地の合弁会社に大きな権限を与えたんですね」
国沢さん「いや、日産の場合は合弁会社に大きな権限を与えたわけではなく、日本から現地へエンジニアを派遣して高速で改良を進めました。たとえば、足回り(サスペンション)に使用するダンパーという部品があります。これは日産から聞いた話ですが、現地の東風汽車がつくったベース車両のダンパーは中国で生産したものなので、やっぱり日産から見ると問題が多かったというんですね」

EV DAYS編集部「日本のメーカーには、長年にわたって積み重ねてきたクルマづくりの歴史がありますからね」
国沢さん「それで日産のエンジニアがダンパーメーカーの工場に乗り込んでいき、ライン作業に立ち会って全部指示を出したそうです。つまり、合弁相手の東風汽車に権限を与えて任せるのではなく、現地のアーキテクチャを日本人エンジニアが改善し、改善しきれないものはパーツ工場にまで出向いて直しているんです。その方法なら開発費がかさむことはなく、開発スピードも落ちません」

EV DAYS編集部「トヨタも同じやり方ですか?」
国沢さん「トヨタも同じです。ただし、少し違うのは、トヨタの場合は本社の開発のトップが現地に対して“自由にやりなさい”と言っていて、日産の場合は現地が本社に対して“口を出さないでください”と言っていること。だからアプローチは違うんですが、現場でやっていることはトヨタも日産も基本的に同じです」
EV DAYS編集部「ちなみに2社以外の日本のメーカーは、この中国における熾烈な競争をどう戦っているんですか?」
国沢さん「名前は出しませんが、たとえばあるメーカーは現地にEV専用の大きな工場を建設し、日本から大量の技術者を中国に送り込みました。そして、本社が現地に対して絶えず口を出してくる。案の定、開発に時間がかかり、クルマも全然売れていませんね」
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ナトリウム電池が国産EVのカギを握る?
EV DAYS編集部「さて、冒頭の質問に戻ります。中国ではトヨタも日産も爆売れするEVをたったの1年半で開発したのに、なぜ日本だとそれができないのでしょうか?」
国沢さん「理由はいろいろありますが、まず物事を決めるのに時間がかかりすぎる。たとえば、日本ではプレス成形でつくる外板などの仕様を決定するのも2年から2年半前です。一方で、中国はその2年で開発から販売まですべて完了する。クルマの開発がスタートし、デザイン画を描き始めるのと同時にさまざまなことを同時並行で進めていくからです」
EV DAYS編集部「だから日産の現地組は本社に"口を出さないでください"と言ったんですね。進まなくなるから」
国沢さん「そういうことです。一般的に日本のメーカーは次世代の売れるクルマを具体化する商品企画を4~5年前にスタートさせ、そのクルマを実際に販売するかどうかは経営会議で2年前に最終判断します。そこで何も決められないから新しいクルマをなかなか出せないんですね。しかし、東風日産などの中国の合弁会社にはその余計なプロセスがありません」

EV DAYS編集部「スピード感がIT企業っぽいですよね。とはいえ、日本のメーカーは中国でEVを短期間で開発するノウハウを学んだので、やる気になれば、ユーザーが思わず買いたくなるような低価格のEVを2年程度でつくれるのでは…?」
国沢さん「おそらくトヨタはやると思います。少なくとも、やろうとしている。ただ、問題は日本のほかのメーカーには自分たちで開発した電池がないこと。EVの低価格化や性能に直結する電池がなければ中国企業から購入することになり、結局は中国に依存することになります」
EV DAYS編集部「その状況は絶ちたいですね」
国沢さん「トヨタは現在開発中のバイポーラ(双極)型のLFPを主力電池と位置づけ、2027年に市販車に搭載すると思われます。しかし、いまからほかの日本のメーカーがLFPを開発しても難しいかもしれません。可能性があるとすれば、塩(塩化ナトリウム)から採れるナトリウムを主原料とするナトリウムイオン電池(※1)です。材料は地球上に無尽蔵にあるし、ナトリウムイオン電池を搭載する本格的な量産乗用EVも、いまのところ中国の国営系メーカーの長安汽車が2026年夏ごろに発売する1台のみです」
※1:正極材料にナトリウムを含む物質を用いた二次電池。ナトリウムは資源量が豊富で偏在もなく安価なため、低コストでの製造が見込めるほか、充電速度が速く、使用温度範囲が広いなどの特徴がある。エネルギー密度の低さを克服できれば、現在主流のリチウムイオン電池の代替になるとして期待されている。

EV DAYS編集部「じゃあ、チャンスはありそうですか?」
国沢さん「ナトリウムイオン電池はどんどん進化していくので10年後はわかりませんが、日本の技術者が知恵を絞り、安価で高性能な電池をつくれば、チャンスはあるでしょう。その場合はどこか1社だけが製造・使用するのではなく、できれば日本のメーカーすべてに電池が供給されるような仕組みにしたいですね。
いまそれをやろうとしているのが、1月に日本自動車工業会の会長に就任し、4月1日付でトヨタの副会長に就いた佐藤恒治前社長です。自工会がリーダーシップを取り、日本のメーカーが中国勢と戦っていける体制をつくろうとしているのでしょう」
EV DAYS編集部「もしかすると、それが日本のメーカーの勝ち筋になるかもしれませんね。期待しましょう!」
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