メルセデス・ベンツCクラスの頂点には、メルセデスAMGが関連した超高性能モデルが、歴代にわたって据えられてきました。2023年秋にセダン、年末にステーションワゴンが日本に上陸した最新モデルはPHEVになり、しかも「E PERFORMANCE」と名乗っているというから聞き捨てなりません。世界屈指の激速ワゴン、AMG・C 63 S Eパフォーマンス ステーションワゴンを、モータージャーナリストの岡本幸一郎さんがレポートします。
小さな車体に大きな高出力エンジンを積んで圧倒的な性能を引き出した、メルセデス・ベンツCクラスの頂点に位置する特別な存在は、「C 63」となって、これで3世代目を迎えた。
PHEVであるとはいえ、EV走行可能距離は最大15kmにとどまるので、EVやPHEVを紹介する本企画で扱うことが許されるかどうか微妙だが、調べてみると電気の力をフルに駆使して興味深いことをいろいろやっていることがわかったので、ぜひ取り上げたいと強く思った。
新時代の電動パワートレインを指す「E PERFORMANCE」と名乗り、単にPHEV化したのではなく電気の力を駆使して性能を高めており、メカニズム的にも非常に興味深い点が多々あるのだ。できるだけわかりやすく解説するので、ぜひ理解しながら読み進めてほしい。
“走り”に特化したPHEVのメカニズム
電動パワートレインは、エンジン単体で476ps、電気モーターで204ps、システムトータルで最高出力680psと最大トルク1020Nmを発生し、0-100km/h加速はわずか3.4秒(欧州仕様)と速い。ご参考まで、6.2リッターV8自然吸気を積む初代のS204型(セダンモデルはW204型)の発売当初は457psだった。
まずはエンジンだけでも相当にすごいわけだが、M139型という2.0リッター直4ターボエンジンは、メルセデスAMG社の「One man, One engine」主義に従い熟練のマイスターにより手作業で丹念に組み上げられ、リッターあたり実に238psを誇る。
実はそこにも電気の力が宿っている。M139型にはメルセデスAMGペトロナスF1チームが長年採用して実績を上げてきたエレクトリック・エグゾーストガス・ターボチャージャーが搭載されている。
一般的なターボチャージャーというのは、排気ガスによりタービンホイール(羽根車)を回転させるので、どのように過給されるかは排気の状態に大きく影響を受ける。いわゆるターボラグが生じるのもそのせいだ。
ところがM139型の場合、排気側のタービンホイールと吸気側のコンプレッサーホイールの間に組み込まれた厚さ約4cmの電気モーターにより、ターボチャージャーの軸が排気で回転されるようになるまで直接駆動するのだ。
これによりアクセルから足を離しても常にブースト圧を維持できるおかげで、アイドリングからレッドゾーン付近まで全回転域にわたって俊敏なレスポンスが得られ、低回転域のトルクが高まる効果がもたらされる。
加えて、ジェネレーター(発電機)とスターターを1基のモーターに統合した、優れた応答性のBSG(=ベルトドリブン・スターター・ジェネレーター)も組み込まれている。
これにトルクコンバーターを湿式多板クラッチに置き換えて、ダイレクト感のある素早いシフトチェンジと高い伝達効率を実現した9速AT「AMG スピードシフト MCT」と、リア駆動を基本に状況に応じて前後トルク配分を0:100~50:50の間で連続可変するパフォーマンス志向四輪駆動システム「4MATIC+」が組み合わされる。
電動化の恩恵を余すところなくメリットに変える、考え抜かれたレイアウト
一方、最高204psを発揮する交流同期式モーターは、2速の電動シフト式変速機と電子制御式LSD(リミテッド・スリップ・デフ)とともに、リアアクスルにまとめて搭載されている。変速機よりも下流にモーターを置く、珍しいレイアウトを採用していることにも注目だ。
そのメリットはいくつも挙げられる。最大トルクが瞬時に立ち上がる電気モーターがリアアクスルを直接駆動するため、より俊敏な発進加速が可能となり、駆動力をダイレクトに路面に伝えることができるようになる。
コーナー立ち上がりでは、一体化された電子制御式LSDにより後輪の内輪と外輪に駆動力が適正配分されて瞬発力が高まる。2速の変速機は発進から高速巡行時まで幅広くカバーできるよう、電動アクチュエーターにより自動的に変速する。
もちろんエンジンの排気量と気筒数を減らし、モーターやバッテリーをリアに積んだおかげで、車両の前後重量配分が改善されるのはいうまでもない。車検証によると、前軸重が1050kg、後軸重が1150kgとフロントのほうが100kgも軽い。リアアクスルステアと相まって、応答遅れがなく俊敏かつ正確で安定したハンドリングを実現していることは、市街地でも体感できる。
F1のテクノロジーをベースにした、高性能バッテリー
バッテリーにも注目だ。リアアクスル上方に搭載される容量6.1kWhの小型軽量なAMG自社開発の高性能バッテリーは、これまたF1のテクノロジーをもとに開発されたもので、航続距離よりも充放電の素早さと走行性能を高めることに重点をおいて設計されている。
充電速度が速く出力密度が高いのが特長で、高出力を頻繁に繰り返し発生できる能力を持つ。
特筆すべきは、革新的なバッテリーセル直接冷却方式だ。バッテリー内の熱分布を均一に保つため、約14Lの高度な冷却液を循環させて、560個の全セルを個別に直接冷却する方式を採用しており、そのために新しい薄型冷却モジュールを開発したという。
結果、バッテリー温度は充放電の頻度に関係なく、平均45度という最適な動作温度範囲内に常に保たれる。たとえサーキットを全開で攻めても発熱が抑えられ、優れた性能を維持する。
EV走行可能距離が15kmというのは少ない気もするが、ドライブモードによっては、エンジンの力も借りつつ充電しながら、極力バッテリーを減らさず、いざ出番というときに備えて巧みに制御されるので、なかなかゼロにはならない。
もちろん深夜早朝の住宅地でも静かに排気ガスを出すことなく走れる。外部からの充電は普通充電のみで、最大3.7kWに対応する。
バッテリーやモーターなどいろいろ床下に搭載されているので、荷室のフロアは少しふくらんでいるものの、元がサイズのわりに広いので使い勝手は十分だ。3分割可倒式のリアシートにより、長尺物を積んで4人で快適に移動できる。
日常にも配慮した使い勝手と、バツグンの速さ
以前のC 63は乗り心地がかなり硬く、後席に人を乗せるのがはばかられたものだが、最新版は望外によいことも印象的だ。これなら4人でキャンプに出かけても問題ない。
メーターのグラフィックは走り系だけで3つも設定があるのもAMGらしい。センターの大型ディスプレイにはエネルギーフローのほか、エンジンやモーターがどれぐらいの力を発揮しているか、足まわりやタイヤの状態、詳細な燃費などを表示できる。
加速フィールは右足の動きと直結したかのようなダイレクト感があり、極めて力強く、それでいて扱いやすい。サウンドはあえて控えめにされたようで、これまでのV8を積んだC 63のようなはっちゃけた感じとは異質の洗練されたフィーリングになっている。電気を駆使したインテリジェンスもある。
ハンドリングはまさしく意のまま。フロントが軽く、リアステア(後輪操舵システム)の味付けも絶妙で、ステアリングを操作したとおりピッタリと正確に動くあたりもさすがというほかない。
動力性能も運動性能も素晴らしい完成度だ。当初はV8が象徴的だったC 63のエンジンが4気筒になったことは意外な気もしたのだが、このバランスのよさを味わうと、どうしてメルセデスがC 63に4気筒を積もうと考えたのか、燃費だけでないその理由がうかがい知れたように思う。さらには何日かをともにして、特別なワゴンをさっそうと乗りこなすカーライフのカッコよさに気づいてしまった。
撮影:茂呂幸正
〈スペック表〉
メルセデスAMG C 63 S E PERFORMANCE ステーションワゴン
全長×全幅×全高 | 4835mm×1900mm×1475mm |
ホイールベース | 2875mm |
荷室容量 | 320~1335リットル |
車両重量 | 2200kg |
エンジン種類 | 1991cc 直列4気筒ターボ |
エンジン最高出力 | 476ps(350kW)/6750rpm |
エンジン最大トルク | 545Nm/5250-5500rpm |
モーター種類 | 交流同期電動機 |
モーター最高出力 | 204ps(150kW)/4500-8500rpm |
モーター最大トルク | 320Nm/500-4500rpm |
システム最高出力 | 680ps |
システム最大トルク | 1020Nm |
バッテリー容量 | 6.1kWh |
EV走行換算距離(等価EVレンジ) | 15km(WLTCモード) |
トランスミッション | 9速AT |
駆動方式 | 4WD |
0-100km/h加速 | 3.4秒 |
最小回転半径 | 5.9m |
サスペンション | 前 4リンク、後 マルチリンク |
タイヤサイズ | 前 265/35R20、後 275/35R20 |
税込車両価格 | 1711万円 |
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