近年、感度の高いクルマ好きが注目しているのが「EVクラシックカー」です。旧車のエンジンをモーターに積み替えて、現代に蘇らせています。両備テクノモビリティーカンパニーはコロナ禍を機に事業を立ち上げ、これまでに20台以上の車を手がけてきました。EVクラシックカーを通じて見える、電気自動車(EV)の新しい可能性について、同事業の責任者・大塚雅士さんに話を聞きました。
老舗整備企業がEVコンバート事業に参入した理由
キーワードは「脱炭素」「整備事業の将来性」
EV DAYS編集部「2021年からスタートしたとのことですがきっかけは?」
大塚さん「EVコンバート事業に参入したきっかけは2つですね。ひとつは『脱炭素』。CO2削減に向けて、地域企業として環境問題に貢献していきたいと思ったからです。もうひとつは、いままで我々が培ってきた車の整備事業の将来を考えた際に、EVの影響が拡大していくと思ったからです。100年に1度の変革期と言われている中で、車を整備する側も意識、技術ともにシフトチェンジしていかなくてはいけない。そういった中で、EVに関する技術を社内でいち早く醸成したいという思いがありました」
EV DAYS編集部「EVコンバート事業を発案したのはどなただったのでしょうか?」
大塚さん「(両備ホールディングスの)松田社長ですね。ちょうどコロナ禍で、整備する車両も減っていたことも背景にありました。ちょうど社内に1969年式のオースチン社製ロンドンタクシーがありまして。いきなり『EV車にしてみよう』と(笑)」
EV DAYS編集部「当時、EV事業の話を聞いたときの感想は?」
大塚さん「触ったこともなかったので最初は驚きましたね(笑) ただ、新しいものにどんどんチャレンジしていこうという気概というかモチベーションがもともと社内にあったことと、車のレストアには知見があったので当初から前向きに取り組ませていただいていますね」
EV DAYS編集部「人材育成に関しても難しそうではありますが…」
大塚さん「両備テクノモビリティーカンパニーには新しいモノづくりを担っているこの吉備工場に加え、岡山、豊成、倉敷にも整備工場があり、全体で150人弱の整備士がいるんです。たしかにEVとなると『機械』か『電気』という点でまったく違うものといっても過言ではないですが、今後確実にやってくるEVの時代を彼らとともに乗り越えていくためには、いまから頭の中を切り替えていく必要があるんです」
EV DAYS編集部「大塚さん自身のキャリアは?」
大塚さん「実はわたしは入社4年目でして。それ以前は自営でアメリカ車を中心としたレストア事業を20年ほど関東の方でやっていたんです。妻の実家が岡山県なので、家庭の都合でこちらに引っ越してきたタイミングで弊社に入社したという経緯ですね。で、3年前に弊社がEVコンバート事業をはじめるにあたり白羽の矢が立ち、それ以来事業責任者をやらせてもらっています」
いままでの整備ノウハウはどう活きるのか?
EV DAYS編集部「ガソリン車とEV。その違いはどの程度なのでしょうか?」
大塚さん「電気自動車といっても同じ『自動車』ですからね。電気以外の部分、たとえば足回りの整備ですとかボディワーク、内装、お客さまに納車するまでの各種フローに関しては同じなので、その点はいままで私たちがプロフェッショナルとして培ってきたノウハウが活きると思っています」
EV DAYS編集部「逆に苦労するポイントはどういった箇所なのでしょうか?」
大塚さん「苦労するのは各車に合わせたパーツの製作ですね。廃番になった部品も多く、一品一葉というか都度設計が必要になってくるので、ものすごく時間がかかるんです。車ごとに各部品の形も大きさも違いますし、その都度ブラケット関係だったり、モーターを乗せるマウントだったり、車に合わせてつくっていかなければならない」
EV DAYS編集部「1台1台ほぼワンオフに近いカタチということでしょうか?」
大塚さん「まさに。ほぼワンオフですね。モーターもバッテリーも車種によって使い分けていますし。お客さまが希望するパワー、航続距離によっても内容が変わりますから。車はパーツの選定や組み込み精度、各種作業の熟練度次第で人命に直結するので、安全性を担保するためにそのあたりはかなり慎重にやっていますね」
EV DAYS編集部「ほとんど手作りに近いですね」
大塚さん「そうなんです。あとはコンバートEVに関する法律がありまして。不定期で法改正もあるので、都度対応していかなければならないのも大変なところですかね」
コンバートEVの魅力と依頼の多い車種
オーダー内容は千差万別
EV DAYS編集部「EVコンバート事業として、どのようなご依頼が多いですか?」
大塚さん「おかげさまで、さまざまな方面から問い合わせをいただいています。個人のお客さまの場合は、やはりクラシックカーのオーダーが多いですね。部品を手に入れることも難しい、思い入れのある車をEV化してもう一度公道を走行できるようにしたいというお客さまからはとても喜んでいただけています」
EV DAYS編集部「どういった車種のオーダーが多いのでしょうか?」
大塚さん「‘60~’70年代の車が多いですね。最近納車したのはメルセデス・ベンツのクラシックモデル。それは内外装すべてのレストア込みでやらせていただきました。あとは英国車ですとベントレー、ロールスロイス、MG。アメリカ車ですとクライスラーやマスタングなどもやりましたね」
EV DAYS編集部「ということは、オーダーは車種問わず?」
大塚さん「基本的に問わないですね。たとえば、レクサスの『LS』も過去にとある企業からオーダーを受けて納車したこともあります」
EV DAYS編集部「企業からのオーダーもあるんですね」
大塚さん「むしろ個人オーダーよりも企業からのオーダーのほうが多いかもしれないですね。ときには行政からお声掛けいただくこともあります。SDGs推進の一環の広報として社用車や送迎車をEV化してほしい、ですとか、遊園地で使用していたぼろぼろのランドトレインをレストアも兼ねてEV化してほしいですとかいろいろですね。車種に関しても乗用車だけでなくバスや建機などもご希望いただくことはあります」
EV化することのメリットとは?
EV DAYS編集部「コンバートEVの魅力とはずばりなんでしょう?」
大塚さん「大きなものは3つかなと。ひとつめは維持費が安くなること。『エコカー』にグルーピングされますので、減税・免税の対象になることが挙げられますし、燃料代もだいぶ圧縮できる。ふたつめはガソリン車と比較して電気自動車は部品点数が少なく、駆動系のパワートレインなどの耐久性も非常に高いので故障がしにくいところ。この3年間で20台以上納車していますが、1台も『何かが壊れた』というご連絡はいただいてないですね。そして、最後が環境にやさしいという点。『排気ガスをいっぱい出すクラシックカーを1台EVにして何が変わるの?』と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、我々両備グループとしてはクリーンな環境が1分でも1秒でも持続していくのであれば、こういった取り組みは積極的にやっていきたいという思いです」
持込車両をEV化する場合の流れ
EV DAYS編集部「車両を持ち込んでEV化する場合、どういう手順を踏むのでしょうか?」
大塚さん「お客さまがお持込みになる車両の状態と、レストアの有無によってもだいぶ変わりますが、単純にEV化だけするのであればまずはボディチェックですね。次にパーツをすべて取り外して設計に入ります。どんなモーター、バッテリーを搭載可能か見極めるところも腕の見せ所です。設計が終わったら、モーター、トランスミッションをつないでいく作業と、必要な部品をワンオフ製作して組み込んで、その後はセッティングですね。コンピューターセッティング、バッテリーの安全性の試験も慎重に行います」
EV DAYS編集部「作業期間としてはどのぐらい?」
大塚さん「各部品が市販されているものを使えるか、ワンオフでつくらなければいけないのかによっても変わりますが、EV化するだけなら、パーツをそろえるのに1~2カ月。設計に約1カ月、改造申請に約1カ月かかるので、最短で約5カ月ぐらいですかね」
EV DAYS編集部「レストアもおこなう場合はどのぐらい時間がかかるのでしょうか?」
大塚さん「ベース車両の状態とパーツの供給事情によりますが、レストアだけで早ければ2~3カ月、パーツがなかなか手に入らず長引くと1~2年かかってしまうこともあります。部品が無くてもワンオフでつくれそうであればお引き受けしますが、お客さまによってはボルト1本から当時のものでないとNGという方もいらっしゃいますので。そういった場合、部品が手に入らない車はお断りすることもあります」
EV DAYS編集部「ちなみに、MTミッションだった場合、EV化するときに残したままにすることはできるのでしょうか?」
大塚さん「はい、できます。むしろ、残した方がコスト的に安くなる場合もありますし、状況にあわせて自分で変速できますのでマニュアルにしたほうが電費も伸びるんじゃないかと」
EV DAYS編集部「そうなんですね! 実際にやられたことはあるのでしょうか?」
大塚さん「もちろんです。会社にあった『コペン』に組み込んでみたこともありますよ」
EV DAYS編集部「なるほど、ほかにEVにトランスミッションをつけるメリットはあるのでしょうか?」
大塚さん「何よりもモーター自体を小さくできるんです。通常は大きい車を動かそうと思ったら大型のモーターが必要になってくるんですけど、トランスミッションを入れることでモーターも小さくて済むしコストもその分抑えられる」
EV DAYS編集部「EVコンバート、気になる価格は?」
大塚さん「満足のいくカタチに仕上げていくことを考えると500万円からスタートといった費用感になりますね。信頼性の高い日本製、欧州製のパーツを使用してコストよりも品質を大切にしたいので。低価格のパーツも多く流通はしていますが、車ですので安全性を重視したいですからね」
目指すは量産化! 今後の展望とは
まずは車種を絞るところから
EV DAYS編集部「現在検討していることがあれば教えてください」
大塚さん「小規模のファクトリーであれば時間をかけながら、高額な車両をひとつひとつ納めていくカタチでもいいと思います。ただ、我々の規模の企業が事業として運営していくためにはある程度の数をこなす必要があります。現状は一品一葉でお客さまから受注いただいた車両を手掛けていますが、今後はある程度車種を絞って、その分コスト削減をしながら、完成品のEVクラシックカーを安定供給できる道を模索していこうと思っています。EV化だけで500万円スタートの金額設定ですと、少し手が出にくいと思いますので」
EV DAYS編集部「ベース車両も自社で用意するということですね」
大塚さん「そうですね。業者のオークションにも入れる強みをいかして、完成車両を販売していくスタイルを主軸にしていけたらなと思っています」
EV DAYS編集部「販売先は国外も検討されているのでしょうか?」
大塚さん「はい、国外の方がむしろ引き合いは強いですからね。この3年間で検討課題のほとんどは見えてきたので、それらを解消しつつお客さまにもっと安価で良いモノを提供していきたいです」
そして、さらなる未来は整備事業につなげたい
EV DAYS編集部「EVコンバート事業をここまで突き詰めていたら将来的に整備事業にもつながりそうですね」
大塚さん「そうですね。うちがつくって送り出したものが整備車両として戻ってきて、という循環が繰り返されるのが理想ですよね。EVコンバート事業をおこなっていると、副産物としてEVに関する深い知見が自社に貯まっていきますので、未来が楽しみです」
【今回の取材先】
両備テクノモビリティーカンパニー
創業110年以上を数える、両備ホールディングス株式会社の社内カンパニーのひとつ。車両・建設機械などの整備・販売に加え、開発・製造までを行う技術者集団。「SOREX(ソレックス)」ブランドとして、ジェットスキーやボートのレジャー用トレーラーのトップシェアを誇るほか、自走動力を有する商品の開発・製造販売も行なっている。
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