市販スーパースポーツカーの世界に参入するや、矢継ぎ早にニューモデルを送り出して、いきなり高い存在感を発揮しているマクラーレン。皮切りの「MP4-12C」を発表してちょうど10年という節目に同社初のPHEVとして登場した「アルトゥーラ」がどんなクルマなのか、モータージャーナリストの岡本幸一郎さんがレポートします。
モータースポーツにおける超プロフェッショナル集団であるマクラーレンが、公道向けのスーパースポーツを手がけるようになり、いくつかのモデルを送り出してきた中で、今後の主力となるべきモデルとして送り出した初のPHEVが「アルトゥーラ」だ。車名の由来は、「アート・オブ・デザイン」と「フューチャー・テクノロジー」。モーターのみで最大約30kmの距離を走行可能としており、同社初のV6エンジンを組み合わせるなど、新しいことずくめの1台である。
早くから電動化に積極的
F1でも数々の金字塔を打ち立ててきたことで、その名前が広く知られているマクラーレン。ブルース・マクラーレンというニュージーランド出身のレーシングドライバーが1963年に設立したレーシングチームからはじまった。ブルースは1970年にテスト中の事故でこの世を去ってしまったが、チームは引き継がれて活動を続けた。中でもホンダとのタッグでF1を席巻した1980年代後半の快進撃はいまでも語り草だ。
実はちょうどその頃に、公道向けの市販スーパースポーツの開発に着手していた。それが初めて世に現れたのが、1992年に発売されわずか106台が生産された「マクラーレン・F1」だ。21世紀を迎えると、2003年にはメルセデス・ベンツとのコラボレーションによる「SLRマクラーレン」を手がけて注目を集めた。
その後、マクラーレン・オートモーティブは2010年に独立したメーカーとして再スタートを切り、2011年の「MP4-12C」を皮切りに、のちに毎年ニューモデルをリリースするビジネスプランを発表し、これまでいくつものロードカーを世に送り出してきた。
そんなマクラーレンは、ひときわ先見の明があることも特筆できる。2013年に「P1」、2016年には「スピードテール」というハイブリッドのスーパースポーツをリリースし、将来的にはPHEVをメインに据えていく考えがあることを伝えていた。それをついに具現化させたのが「アルトゥーラ」だ。
P1やスピードテールのプライスタグが億単位だったことを思うと、アルトゥーラが約3000万円というのは、なんとバーゲンプライスなことか。
カーボンモノコックをひけらかさない
スタイリングは既存モデルとの共通性を残しつつ新しさを感じさせるものだが、実は中身は全面的に刷新されている。中核となる「マクラーレン・カーボン・ライトウェイト・アーキテクチャー(MCLA)」は、4種類の新しいカーボン・ファイバーをはじめ、新しい樹脂系とコア材を用いて精密に構築されており、極めて高い強度を確保しながらも重量をわずか82kgに抑えた、革新的なプラットフォームだ。
流麗なフォルムが印象的な外観は、空力的なデバイスがあえて目立たないようにされているようにも見える。その中で、フロントのとくにライトまわりが立体的な形状となっているのが目を引くのだが、けっして造形のための造形ではなく、何か性能面での理由があってのものに違いない。
マクラーレンといえば、斜め上に開く「ディヘドラルドア」と呼ぶドアが特徴だが、開いたときの幅が既存モデルよりも48cmも小さくされている。これにより従来よりも乗り降り可能な場所が多少は増えそうだ。
シートに収まると、コクピットの雰囲気には一連のマクラーレンの歴代モデルとの共通性が感じられるが、ステアリングコラムとメーターが一体になって上下する機構が採用されたことで視認性が向上しているのも新しい。その両側の右側にパワートレーン、左側にハンドリングのモードを選択するダイヤルが設けられている。ちなみに、ハンドル位置は左右どちらも選択可能だ。
メーター右側にチャージに関する表示のほか、EVとして走れる距離がブルーのバーと数字で表示される。トラックモードでは距離ではなく残量がパーセントで表示されるようになるのも理にかなっている。
いまどきの他のクルマと違って、ステアリングホイールにスイッチの類がいっさい配されていないのもかえって新鮮だ。また、せっかくカーボンモノコックを用いたのならカーボン柄を見えるようにしたくなるのが心情のところ、カバーされて見えないようにされている。そこに演出的な要素はなく、性能に関係のないことはやらないストイックな姿勢もマクラーレンらしい。
ガソリン車比で2倍のスロットルレスポンス
カーボン製セーフティ・セルの下部に収められたリチウムイオンバッテリーの容量は7.4kWh。標準的なケーブルを使い、200Vの環境なら2時間半でバッテリー容量の80%を充電できる。充電口は左側のリアサイド。また、ドライブ中にエンジンからも充電が可能だ。
「ハイパフォーマンス・ハイブリッド」を謳うパワートレーンも新しい。新開発の3リッターV6ツインターボエンジンは最高出力585ps、最大トルク585Nmを誇り、そこに同95ps、225Nmのモーターが組み合わされ、システム最高出力は680ps、最大トルクは720Nmとなる。モーターを逆回転すればよいので、8速DCTにリバースギアは存在しない。この新たな構成はサイズ面でも重量面でも有利で、従来のV8ツインターボと比べて50kgも軽く、190mmも短くなっている。
走りには電気の力が利いている。モーターが瞬時に生み出すインスタント・トルクは、ガソリン車比で2倍のスロットルレスポンスを実現し、そのパワーがV6エンジンにスムーズに受け継がれるおかげで、非常に乗りやすい。エンジンが本領を発揮すると、スーパースポーツらしい醍醐味を味わえる。どこまでがモーターでどこからがエンジンなのかわからないが、とにかく瞬発力と加速力は圧倒的だ。
伸びやかな加速フィールに加えて、このV6エンジンが放つサウンドもなかなか迫力がある。3000rpmあたりをこえてからの調和された響きは、ひょっとして既存のV8よりもよい音では!?と思ったほどだ。
エンジンの真上には、「チムニー」と呼ぶ排熱のためのシステムが設けられている。ホットVレイアウトのV6ツインターボから発せられる900度の熱を240度にまで下げて排出されるようになっている。
一方で、住宅街での深夜早朝の出入りや、人目の気になる市街地では、最大で約30kmの距離をEV走行できるエレクトリックモードが重宝する。発進はモーターにまかせたほうがずっとリニアで乗りやすい。車速が高まってもEVのままねばり、性能的にも十分な速さを発揮できるだけのポテンシャルを備えている。
さすがのプロアクティブ・ダンピング・コントロール
フットワークもすばらしい。まず感心するのが乗り心地のよさだ。マクラーレンのラインアップは、それぞれのモデルに相応しく味付けされているが、足まわりがよく動いて衝撃を巧みに吸収する点では概ねどれも共通していて、電子制御による独自の「プロアクティブ・ダンピング・コントロール」を備えたアルトゥーラもまた、しなやかに路面を捉える感覚は独特のものがある。それでいて走り系モードを選択すると、ストローク感をある程度維持したままロールやピッチなどの挙動がまったく気にならなくなる。
俊敏で一体感のあるハンドリングはまさしく意のまま。スポーツモードを選択すると、より回頭性が高まる。ただし、けっして俊敏さが強調されているわけではなく、俊敏な中にも落ちついた感覚もあり、意のままの走りの一環としてほどよく表現されているあたりもマクラーレンらしい。新しいリアサスペンションと、軽量かつ小型化されたマクラーレン初の電子制御ディファレンシャルのおかげで、トラクションも操縦安定性も抜群だ。
カーボンセラミックディスクローターとアルミニウム製キャリパーを組み合わせたブレーキはコントロール性に優れ、高い動力性能に見合うキャパシティを備えていることが伝わってくる。この種のクルマとしては珍しく先進運転支援装備を搭載しており、ACCや衝突被害軽減ブレーキを装備するほか、車線維持機能はないが車線逸脱警報機能を備えている点にも注目だ。
市販スーパースポーツの世界で躍進するマクラーレンが自らの持つ技術の粋を集めて開発したアルトゥーラは、スーパースポーツにおける電動化の可能性を示す、極めて完成度の高いすばらしい新世代ハイブリッド・スーパーカーであった。
〈クレジット〉
撮影:茂呂幸正
〈スペック表〉
マクラーレン アルトゥーラ
全長×全幅×全高 | 4539×1913×1193mm |
ホイールベース | 2640mm |
車両重量 | 1395kg(乾燥重量 ※車検証には1510kgと記載) |
エンジン種類 | V6 DOHCツインターボ |
エンジン排気量 | 2993cc |
エンジン最高出力 | 585ps/7500rpm |
エンジン最大トルク | 585Nm/2250-7000rpm |
モーター最高出力 | 95ps |
モーター最大トルク | 225Nm |
システム最高出力 | 680ps/7500rpm |
システム最大トルク | 720Nm/2250-7000rpm |
トランスミッション | 8速DCT |
駆動方式 | MR |
バッテリー容量 | 7.4kWh |
EV走行距離 | 31km |
0-100km/h加速 | 3.0秒 |
最高速度 | 330km/h |
EVモード最高速度 | 130km/h |
タイヤサイズ | F 235/35R19 R 295/35R20 |
税込車両価格 | 3070万円 |
〈ギャラリー〉
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