日本最大の充電サービス会社「e-Mobility Power」が描くEV充電の未来とは

日本最大の充電サービス会社「e-Mobility Power」が描くEV充電の未来とは

EV(電気自動車)の普及が徐々に進む一方、ガソリン車のユーザーには依然としてEVへの買い換えに躊躇する人が少なくありません。その理由のひとつが「ガソリンスタンドに比べて充電スポットの数が少ない」といった充電インフラに対する漠然とした不安です。EV普及のカギを握る充電インフラは今後どうなっていくのでしょうか。日本最大手の充電サービス事業者であるe-Mobility Powerの四ツ柳尚子社長に話を聞きました。

【今回の取材でお話を聞いた方】

四ツ柳尚子さん


四ツ柳尚子さん

1992年に早稲田大学卒業後、東京電力(現・東京電力ホールディングス)入社。2019年、日本の充電インフラ整備を支えるべく東京電力ホールディングスなどが共同出資して設立した株式会社e-Mobility Power(イーモビリティパワー)の代表取締役社長に就任。EVユーザー歴は4.2年。

e-Mobility Power Webサイト

 

政府がEV充電器の設置目標を倍増させた理由

急速充電ステーション

e-Mobility Powerと東京都がJR信濃町駅南口近くに設置した急速充電ステーション。公道上にEV充電専用のスペースが設置されるのは都内で初めてだという。

 

EVユーザーが利用する公共の充電インフラは、2023年3月時点で全国に約3万基(急速充電器約9,000基を含む)が設置されており、その多くがe-Mobility Powerが運営する充電インフラネットワークに接続されています。

政府は従来、この充電インフラを「2030年までに15万基設置する」という目標を掲げていました。しかし、2023年10月に示した充電インフラ整備促進に向けた指針で、設置目標を30万口に引き上げると発表1)。数え方の単位を「基」から「口」に見直してはいますが、15万基と30万口ではほぼ2倍の差があります。

また、指針では充電インフラを30万口設置するだけでなく、急速充電器の平均出力を倍増させる「高出力化」も進め、充電時間を短縮してユーザーの利便性を向上させる方針も示されています。

 

急速充電器

新東名高速道路の浜松SA(下り)に設置された1口最大出力150kWのABB製急速充電器(向かって右端)と、1口最大出力90kWのニチコン製・6口マルチタイプ急速充電器(左側)。

 

なぜ設置数を飛躍的に増やし、充電器の高出力化を進める必要があるのでしょうか。それは今後、日本が欧米や中国などのようにEVをより普及させ、EVユーザーを増やしていくためには、充電インフラの充実が絶対に欠かせないポイントだからです。

実際に私たちEV DAYS編集部がガソリン車のユーザーたちに話を聞くと、多くの人が「ガソリンスタンドに比べて充電器の数が少ないからEVに乗るのは不安」と言い、EVユーザーからは「大型連休の高速道路のSAでは充電器の数が足りず、充電渋滞が発生することがある」という不満の声を聞きます。

こうしたEVへの買い替えを検討するユーザーが抱く不安を解消するうえでカギを握るのが、日本の充電インフラの充実を担う国内最大手の充電サービス事業者で東京電力グループの「e-Mobility Power」です。

 

 

EV充電設備

 

eMP社長が明かす「充電インフラの3つの課題」

ニチコン製・6口マルチタイプ急速充電器

首都高湾岸線 大黒PAに設置された1口最大出力90kWのニチコン製・6口マルチタイプ急速充電器。

 

まず国内の充電インフラをめぐる現在の課題から整理していきましょう。四ツ柳社長によると、これまで高速道路のSAや道の駅などの公共スペースに設置されてきた急速充電器には、設置数が足りないという以前にいくつかの大きな課題があるそうです。

四ツ柳社長「ひとつは政府の指針にも示されている充電器の出力の問題です。現在の急速充電器は2014年ごろに政府の大型補助金を利用して設置されたものがほとんどを占め、その出力は大きくても50kW、平均すると40kW程度にすぎません。

当時は三菱の軽EV『i-MiEV』やバッテリー容量が24kWhや30kWhの初代日産『リーフ』が国内のEVのほとんどを占めていたので、出力が低くても問題がなかったのです。高出力で充電するニーズがなく、EV側の受入能力の問題もありました。そのため、日本の充電器メーカーによる急速充電器の開発や進化が欧米などに比べて遅れてしまったとも言えるでしょう」

 

「第一世代」と呼ばれる最大出力が平均40kW程度の急速充電器例

「第一世代」と呼ばれる最大出力が平均40kW程度の急速充電器例。

 

しかし、いまやアウディやBMW、メルセデス・ベンツなどの欧州メーカーには急速充電の最大受入能力が150kW以上の車種も珍しくありません。国産車にも日産「アリア」やトヨタ「bZ4X」のように最大受入能力が130kWや150kWある車種が登場し始めています。

日本の充電器メーカーは技術力が高いので、高出力の急速充電器が開発・販売され始めていますが、現状ではここ数年驚異的なスピードで進化するEVの能力と、高出力を求めるEVユーザーの声に、充電インフラが対応しきれていないわけです。

四ツ柳社長「ふたつめの課題は、2020年ごろから設置し始めた遠隔から操作できる通信規格(OCPP)をもつ第二世代の急速充電器と違い、2014年ごろに設置された第一世代は、不具合が起きたときに作業員が現地に赴いて復旧させる必要があることです。遠隔操作で充電器を再起動することができれば、約7割の不具合は短時間で解消できるのです。

私自身もEVユーザーなので経験がありますが、外出先で充電しようと思ったのに不具合で充電できず、電話で問い合わせたうえで『ほかの充電スポットを探してください』と案内されるのって相当ひどいユーザー体験なんです。初めて訪問しているエリアで充電スポットを探すのは心理的にシンドイですし、そもそもバッテリー残量が心もとないので充電しようと思ったわけですから、とても不安な気持ちになります」

 

-Mobility Power(イーモビリティパワー)の代表取締役社長:四ツ柳尚子さん

 

第二世代の急速充電器が一般的になれば、ユーザーがこうした不具合に遭遇する機会が大幅に減少し、充電インフラに対する不安感も解消されていきます。また、遠隔操作できるということは、事業者側にもメリットがあります。不具合時の再起動やソフトウェアのアップデートも無線通信(OTA/Over The Air)を通じて行えるので、機器のメンテナンスにかかる人件費の節約にもつながります。

四ツ柳社長「そして最後が、認証・決済の選択肢という課題です。最近はQRコードを読み込むなどスマホで認証して充電をスタートできるアプリが増えてきましたが、それが可能なのは第二世代の急速充電器からで、第一世代の急速充電器はアプリで認証できません。弊社や自動車メーカーが発行する充電カードに申し込んでカードが届くのを待つなどするしかない第一世代と、アプリで会員になって即時利用できる第二世代の差は、とても大きいと思います」

 

EV充電設備

 

公共充電インフラの課金・認証の進化

こうした第一世代の急速充電器は今後数年間で徐々に淘汰されていき、第二世代への入れ替えが進んでいくと言います。なぜなら、急速充電器の耐用年数は8~10年程度で、古い3G通信規格の廃止の影響も相まって10年程度で交換が必要になるからです。

四ツ柳社長「2014年ごろに設置した第一世代の急速充電器は屋外に設置されているものが多いこともあって経年劣化が目立ち、操作画面の液晶パネルが日に焼けて見にくくなっているケースもあります。また、ケーブルが重くて扱いにくいという利用者の声もよく耳にします。弊社の充電ネットワークにつながっている約8,000口のうち、こうした第一世代の急速充電器が8割以上を占めており、それを2023、2024、2025年…と、古いものから順に第二世代へ交換していく予定です」

 

浜松サービスエリア(下り)のニチコン製・6口マルチタイプ急速充電器

浜松サービスエリア(下り)のニチコン製・6口マルチタイプ急速充電器。充電ケーブルが吊り下げ式になっているため、力の弱い方でもラクに充電が可能。

 

そして、第二世代の急速充電器をさらに進化させたものが第三世代の急速充電器です。

四ツ柳社長「課金・認証の仕組みで一歩先を行くのが、すでにテスラが導入している『プラグ&チャージ』です。『プラグ&チャージ』では、カードやアプリを持たなくても、充電プラグを車に挿し込むだけで自動的に充電が開始されます。

『プラグ&チャージ』だけでなく、さらなる高出力化や充電した電力量に応じた課金体系(kWh課金)の採用など、ユーザーの利便性・公平性を重視した第三世代の急速充電器の開発・普及に、弊社も関係各所と協調して積極的に取り組んでいきたいと思っています」

こうした第三世代の充電インフラの整備が進めば、外出時のEVユーザーのストレスはかなり軽減されることでしょう。しかし、四ツ柳社長は「とはいえ、複数の車種と充電器が存在する公共の充電インフラに『プラグ&チャージ』のような充電インフラを導入するのは簡単な話ではありません」と言います。

 

-Mobility Power(イーモビリティパワー)の代表取締役社長:四ツ柳尚子さん

 

四ツ柳社長「それを実現するには、充電器メーカー、自動車メーカー、充電サービス事業者間でデータを連携する必要があります。テスラは1社で一元的にやっているので、高い品質を維持していますが、複数の自動車メーカーの車種、充電器メーカーの機種、充電サービス事業者がいるマルチ対マルチのなかで同じことをやるのは、確認工数が多く、難易度が高いです。

米国のCCS規格の公共充電はトラブルが多く、充電器を使用できない場面に出くわすことも多いとも言われていますが、それは多様な車種のEV、様々なメーカーの急速充電器、複数の充電サービス事業者がいることで起きている複合的な不具合ではないかと考えます。そのため、今回の政府の指針にも、車両とさまざまな充電器の接続確認が事前にできるマッチング・テストセンター設置の準備を進めるという記述があります」

 

鳥取県米子市の山陰石油株式会社ハートピア皆生(コスモ石油)に設置されたABB製2口急速充電器

鳥取県米子市の山陰石油株式会社ハートピア皆生(コスモ石油)に設置されたABB製2口急速充電器。ガソリンスタンドやコンビニなど、長距離移動に欠かせない”経路”を中心に急速充電器設置を進めている。

 

充電インフラの整備促進には、そのほかにも多くのハードルがあると言います。補助金を利用できるといっても充電インフラの整備は非常にお金のかかる事業で、充電器の稼働率などの優先度を考慮したうえで効率的に整備を進めていく必要があります。

四ツ柳社長「弊社として、2025年度までにネットワーク全体で急速充電器を現在の約8,000口から1万5,000口に拡充していきたいと考えています。ただし、全国津々浦々にすぐ整備できるわけではありません。たとえば、充電インフラが不安な空白エリアのひとつに北海道や東北の山間部など積雪量の多い地域があります。しかし、そうした地域では冬になると国道が閉鎖され、充電器が半年間使われなくなるケースもあるのです。そういった場所に充電インフラの整備を進めるのは、採算面での課題もあり、正直、民間のサービス事業者だけのチカラでは、むずかしい部分もあります」

また、EV購入検討層が求めているのは充電インフラの整備だけではなく、「EV選びの選択肢が増えること」との見方もあります。

四ツ柳社長「いくら充電インフラが整備されても、ユーザーは自分がほしいと思う車種がなければEVを購入しません。一方、充電インフラ事業者はEVが増えないと絶対に採算が取れません。『鶏が先か卵が先か』の議論になりますが、充電インフラ事業者は自動車メーカーの販売戦略に頼らざるをえない側面もあるのです」

 

EV充電設備

 

「EVに乗ってみたら、充電で困ることは、意外と少ない」

-Mobility Power(イーモビリティパワー)の代表取締役社長:四ツ柳尚子さん

 

さまざまな課題があるにしても、今後EVが本格的に普及していき、充電インフラの整備が進んでいくのは間違いありません。

すでに現状でも一部のエリアを除けば、充電スポットが網羅されています。充電のストレスがあるのは、大型連休の高速道路のSA、そして、マンションが多い大都市部です。四ツ柳社長も「一般的な利用をする分には、意外と心配はいりません」と言います。

四ツ柳社長「EVは自宅で充電する基礎充電が基本的な運用方法で、日々の買い物や送り迎え程度の車の使い方なら基礎充電で事足ります。たまに片道100kmぐらい走ってゴルフやレジャー施設に行くとしても、最近はEV用の充電器を備えたゴルフ場やホテル、ショッピングモールが増え始めています。

まずはカーシェアリングやレンタカー、ディーラーが提供している1泊2日EV無料体験キャンペーンなどを利用してEVに乗ってみてください。そうすれば『EVっていいな』とわかると思いますし、充電インフラが想像以上にさまざまな場所にあることに気づくはずです」

 

東京タワーパーキングチケットに設置された東光高岳製急速充電器を視察する小池百合子東京都知事と充電器の説明をする四ツ柳社長(東京都提供)

2023年3月23日、東京タワーパーキングチケットに設置された東光高岳製急速充電器を視察する小池百合子東京都知事と充電器の説明をする四ツ柳社長(東京都提供)。

 

EV購入検討層の「ガソリンスタンドに比べて充電インフラは数が少ない」といった心配を、過去のものにしていかなければなりません。今後のe-Mobility Powerに注目してみてください。「いつでも、どこでも、誰もがリーズナブルに充電できるインフラ」を整備していきます。

 

 

この記事の著者
EV DAYS編集部
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