星のや軽井沢がEVを重視する理由【前編】 ―BMW i5 M60で赴く旅―

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EV充電設備を備えた宿泊施設が、全国的に増えてきています。星野リゾートは、EVに積極的な事業者のひとつ。なかでも100年以上前から水力発電を導入し、環境への取り組みを行ってきた宿、星のや軽井沢は、グループ内でもその先鞭を着けてきました。果たしてなぜなのか。理由をひもとくため、新しいBMW i5 M60 xDriveを駆って訪ねます。

 

星のや軽井沢は、100年以上前、それこそサステナブルという言葉が生まれるはるか以前から、環境への取り組みを続けてきた希有な宿泊施設だ。星野リゾート発祥の宿からしてそうなのだから、EVに前向きなことも頷ける。そんな取り組みに力を入れる理由を聞く前に、星のや軽井沢がどんな宿であるかを伝えておきたい。

 

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東京から軽井沢までの道のり。i5 M60の所要電力は半分強

星のや軽井沢にふさわしいラグジュアリーな一台をと用意したのは、BMW i5 M60 xDriveだ。ガソリン車からEVまでひとつのコンポーネントで内包する最新ラインナップのなかでも、最高峰のモデルに君臨するM Performanceモデル。2基のモーター出力は最大601PS、最大トルクは795Nmにも及び、0-100km/hまでの加速は3.8秒を記録するモンスターセダンだ。東京方面から関越道に入る一連の道中は、驚きに満ちていた。

BMW

 

低速域ではしっとりとしたアクセルの追従性を見せ、ドライビングフィールはエンジン車そのものといっていい仕上がり。ドライブモードを「SPORT」に切り替えれば、ダイレクトなアクセルフィールと引き締まった足回りに早変わり。紳士的にして獰猛。「これぞMモデル」と唸る仕上がりだ。EVという新しいジャンルであっても、これならば往年の5シリーズファンも納得できるだろう。

車内

 

かくして2時間ほどのドライブは、あっという間に感じられた。フロア下に収められたリチウムイオンバッテリーの総容量は83.9kWh。455km(WLTCモード)の航続距離を誇るi5 M60は、エントランスに到着した時点で20%ほどに減っていた。出発時点で75%だったので、軽井沢までの往路は容量の半分と少しを使ったことになる。経路充電ではなく、目的地充電で往復できることだろう。

 

レセプションの駐車場で充電。送迎EVで身軽に宿へ

駐車場

 

レセプションの車寄せで荷を降ろし、そこから少し進んだ森に囲まれた駐車場に6kW普通充電器が2基備えられている。宿泊者専用となっていて、提供するさまざまなアクティビティ同様、事前に予約できる点はありがたい。翌朝までには満充電になっているはずだ。

レセプションでは、「櫓」と呼ばれる音の演出で出迎えてくれる。アンビエントな音色で日常から非日常へと誘うセレモニーだ。そのひとときに添えられるのが、「ゆたに」と呼ばれる飲み物。温かい麹の甘酒なのだが、「これはなんだろう」という興味をそそるのが星のや流の演出。

エントランス

 

それはレセプションから宿泊エリアへの移動にも表れていて、メーカーエンブレムが星のやロゴで隠されたEVが送迎に使われる。現在14台が稼働しているという日産のサクラで、先述の音色が車内にも響く。

フロント

 

エンジン音のしない静かなEVの目的地が、星のや軽井沢のフロント棟「集いの館」。棚田のような傾斜地に建てられた建物の屋内は静寂の趣きが感じられ、フロアも段々と傾斜している。

フロア

 

大きな窓からは外の景色との連続性が感じられ、ルイス・ポールセンによる穏やかな灯りとともに、ステイへの期待感を否応なしに高めてくれる。

宿泊施設

 

外からは川のせせらぎが聞こえ、川を取り囲むように宿泊施設が立ち並ぶ。 谷の地形をそのまま活かして作られた景色は、どれ一つとして同じものはない。入り組んだ路地のような小道がそこかしこに抜け、「この先に何があるのだろう」という好奇心をかき立てるのは、やはり演出の妙だろう。その企みに従っても、期待を裏切られない確信が持てる。

室内

 

なにせ、部屋のしつらえときたら素晴らしく、ほのかな光の中に鶯色の塗り壁が、窓越しに見える湖畔沿いの土壁色と絶妙なコントラストを描く。天井を見ると、一段高くなっている小屋根のような箇所がある。これは風楼という古い日本建築の手法で、暖かい空気を外に逃がし、涼を取るための知恵。避暑地である軽井沢なら、風楼を使うことで暑い時期でもエアコンを使わずにしのげる日もあるのだとか。

 

地熱と温泉も活用し、環境負荷の少ない宿泊体験

夕焼け

 

いつの間にか夕暮れを迎え、窓辺に映る水面の揺らめきに気がついたら、手こぎの小舟に乗った水夫のスタッフが水面の行灯に火を灯して巡っている。夕食の前にひと風呂浴びる習わしに従って、小道を抜けて訪れたのが、宿泊者専用の温泉施設「メディテイションバス」。

夜

 

暗めの灯りの演出はここでも統一されており、半個室状の洗い場で体を清め、回廊状の湯船を進むと、屋外からの光を取り込む「光の部屋」に躍り出る。さらにその先があるのだ。身をかがめて進む洞窟の先に、暗さを讃える「闇の部屋」に辿り着く。光と闇を往復することで交感神経を刺激するという趣向なのだとか。

熱燗

 

冷えた体を温めるために熱燗のセルフサービスがあるのが心憎い。気の利いた心遣いはそこかしこに。たとえば各棟では靴を脱いで上がる小上がりが多くあるが、すべてほんのりと温かい床暖房が効いている。冬の冷え込みが厳しい軽井沢で、すべて電力でまかなうとしたらとんでもないコストがかかるが、これは地中熱などを利用したヒートポンプ方式によるもの。温泉の熱もエネルギーに還元されているという。

エネルギー倉庫

 

聞けば、星のや軽井沢はエネルギーの約7割を、自前でまかなっているのだとか。水力や地中熱を使った自然由来のものが使われている点から、宿泊体験が環境負荷に繋がる後ろめたさを感じなくてすむわけだ。

 

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地元の食材を中心に、余すところなく使った饗応の品々

レストラン

 

このような感覚は、食事においても得られた。すっかり日も落ちて訪れたのは、メインダイニングの「日本料理 嘉助」。泊食分離がコンセプトの星のやでは、その日の気分で豊富な選択肢から食事を選ぶことができる。

料理長

 

2カ月ごとに献立が変わるというこの日は、「山の懐石『冬』」というテーマ。まずおもてなしの一品として饗された一献は、余剰米の甘酒に林檎のフレーバーを加えたもの。ほのかな酸味で楽しませてくれる。廃棄食材を減らしたいという石井義博料理長の心意気は、続くすべての料理に表れているという。

椀物

 

たとえば椀物は、青味大根の葉まで余すところなく使用。甘鯛の皮を松笠焼きにして、霜降り平茸を合わせたもの。関西ならではの端正な出汁を、ゆずの香りをまとわせて楽しむ趣向だ。皮目のパリッとした食感と、素材の滋味を味わう、シンプルながら豊かな一品だ。

八寸

 

八寸はダイナミックそのもので、「冬霜」をテーマに、目にも美しい盛りだくさん。クエやあん肝など、華やかに彩られている。さば寿司にフグの皮、柿のバター和え、うまみの強い赤ナマコ、鹿肉の茸麹焼き、鹿の肝はモナカにした濃厚仕立て。さらに木の実を和えた味覚的に彩り豊かなひとさじで、めくるめく食の体験だ。なかでも鹿肉は、熟練の地元猟師が仕留めたエシカルな一皿。長野の真田神社にある神木から切り出したという台に乗せて。「御湖鶴」という華やかな長野の地酒とのテロワールを感じる。

ご飯物

 

黒マイタケと白マイタケの炊き込みご飯。 大ぶりなコシヒカリをふくよかに炊き上げ、うまみたっぷりに仕上げた。これまたふくよかなキノコ出汁で茶漬けにすれば、贅沢極まるうまみの競演という風情になる。

甘味

 

甘味は花豆の甘露煮。星のや軽井沢では、従来宿泊施設では難しいとされてきたごみの資源化100%を目指すゼロエミッションにも成功しているという。それでいて確かな技術と創意工夫に彩られた数々は、エシカル文脈のメニューにありがちな無理強い感や、奇をてらった意図を感じさせない。美しくおいしい食事を楽しむなかに、種明かしをすることでようやくわかるようなさりげなさは、粋な配慮といえる。

 

豊かな森の生態系を学べる、ネイチャーツアー

ネイチャーウォッチング

 

少し早く起きた翌朝、軽井沢野鳥の森の入口にある「ピッキオ」に赴いた。ピッキオとはイタリア語でキツツキを意味し、キツツキが子育てやねぐらのために作った穴は、その後さまざまな動物が暮らすようになるということから、森の営みを想起させるネーミングだ。ネイチャーツアープログラムが豊富にあり、毎日行っているそう。エコツーリズムの概念をもって、森を未来に残していく取り組みの一環だとか。

小沼さん

 

ネイチャーガイドの小沼雄志郎さんとともに2時間ほどの「野鳥の森ネイチャーウォッチング」へ。イノシシやサル、ツキノワグマやニホンカモシカといった、日本の山岳地帯オールスターともいうべき面々が住む豊かな生息環境と人間が住む領域が混在しているのが、軽井沢のユニークな点だという。動物の排除ではなく、共生を目的にさまざまな活動をしているのが特長。ネイチャーツアーは活動の一部なのだ。

とり

 

生き物の専門家のスタッフが数多く在籍しており、生き物の暮らしぶりを掘り下げていく。個性豊かな生き物たちのストーリーを楽しめるほか、季節や日々の森のうつろいを間近で感じられる。ミソサザイやツグミなど、小鳥たちの姿を眺められるのは、葉が落ちて見通しがいい 冬期ならではの利点なのだとか。

繁殖期ではない冬場、小鳥が鳴くのは異性へのアピールではなく、日常会話だそう。静かな森の住人にとっても、のんびりとした日常が流れているのだ。

 

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電欠の憂いを抱かせない、豊かなステイの後味

めくるめく非日常は、穏やかながらあっという間だった。自然の流れに身を任せるため、星のや軽井沢では連泊を推奨しているという説明にも、合点がいく。後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、宿を出発する頃には、普通充電のEVは100%を示していた。谷の集落の住人として過ごしたひとときを経て、帰路に電欠の憂いを抱かせないという点も、もてなしの一環なのだ。

EV車

 

このような小さな心配りに彩られているのはなぜかと尋ねてみたら、スタッフそれぞれのアイデアが採用される土壌があるからなのだとか。「魅力会議」というミーティングが定期的に行われ、業務の垣根を越えて議論を交わすのだという。そんな企業文化と背景にある哲学を、後編で詳しく聞いていきたい。

 

 

撮影:平安名栄一

 

今回の試乗車:BMW i5 M60 xDrive

BMW

 

5シリーズ初のEVのなかでも、最高峰となるM60は、全長5mを超える巨躯を感じさせない取り回しの良さに感心させられる。ステアリング左裏で主張する「BOOST」パドルを手繰れば、10秒間だけ爆発的でソリッドな加速も味わえる。またドライブモードも豊富だ。ドライバーと相対するインテリアは洗練を極め、スイッチ類を極力廃し、タッチパネルに対応した巨大なBMWカーブド・ディスプレイが目を引く。モードに応じた光と音の演出は斬新で、EV時代においてBMWが目指す方向性を、情緒的に伝えてくれるようだ。ハイパフォーマンスセダンとして申し分のない出色の一台といえる。

 

〈スペック表〉

全長×全幅×全高 5060mm×1900mm×1505mm
車両重量

2360㎏

バッテリー総電力量 83.9kWh
一充電走行距離 455km(WLTCモード)
電費 205Wh/km(WLTCモード)
フロントモーター最高出力 192kW(261ps)
フロントモーター最大トルク 365Nm
リヤモーター最高出力 250kW(340ps)
リヤモーター最大トルク 430Nm
駆動方式 4WD
税込車両価格 1548万円

 

この記事の著者
吉々是良
吉々是良

(株)reQue代表取締役。寺院住職との兼業編集ライター。自動車メーカーのタイアップ広告やオウンドメディアで執筆するほか、紀行文やテクノロジー関連、相続分野を得意とする元情報誌編集部員。欧州車を中心に、愛車遍歴約20年で10台を乗り継ぐ。