星のや軽井沢がEVを重視する理由【後編】 総支配人が語る取り組み

アイキャッチ

星野リゾートグループは、全国はおろか世界に枝葉を伸ばし、今や国内外で68施設。その多くにEV充電設備を備え、その数を増やしているそうです。なかでも発祥の地である星のや軽井沢ではEVの取り組みを積極的に行っています。それをまかなうエネルギーすら7割を自前でまかなっていて、100年以上前から続く取り組みだとか。送迎にはEVを採用。先進的な取り組みを続ける背景には、確固たる思いがありました。

 

持続的な社会を実現する手段のひとつとして、環境経営というキーワードを耳にするようになって久しいが、星野リゾートは先駆的な取り組みを続けている。端緒は今から100年前、3代目星野嘉助(星野嘉政)さんが、水力発電を始めたこと。温泉旅館を開業した1914年の当時、電力会社の送電網が軽井沢に到達しておらず、自力で電力をまかなう決断を下したのだ。翌1915年から取り組みを始め、1929年に本格的な水力発電を導入。現在に至るまで、継続的に取り組みを行っている。

 

eチャージバナー

 

約7割のエネルギーを自前でまかなう、星のや軽井沢のエネルギーポテンシャル

自家発電

 

「もともと私たちは、SDGsを謳ってはいませんでした。求められるからやるのではなく、自発的にやることを大切にしています。近年は『勝手にSDGs』を標榜していて、いわば社会が追いついてきた感覚なのです。自家発電やEVの導入のみならず、伝統工芸を守ったり、使わなくなった牧場を再開発したり、ごみを出さないゼロエミッションを実現したりと、グループ全体でさまざまな取り組みを行っています。私たちは事業を通じて社会課題と向き合うCSV※経営を重視していて、そのことを魅力のひとつに添え、世界で通用するホテル運営会社を目指している。ホテルと地域は一心同体。Win-Winの関係を築くことが大切です。私たちは独自の物差しで取り組んでいるのです」

※CSV(Creating Shared Value):共通価値の創造

赤羽さん

 

こう語るのが、星のや軽井沢総支配人の赤羽 亮祐さん。自家発電などの取り組みはさらに広がり、現在は水力発電所が2箇所。また地下400mの地中熱交換井にパイプを通して地中熱を集めるほか、毎分約383Lもの量が湧き出している温泉の排湯熱も活用。ヒートポンプで熱エネルギーを取りだし、温水や冷水、床暖房などに使用しているという。

消費エネルギー 

これらの自然エネルギーにより、実に7割以上の消費エネルギーを自給。星野リゾートではこの取り組みを「EIMY(Energy In My Yard)」と呼んでいる。自然由来のエネルギーを他の事業者から購入する事例は枚挙にいとまがないが、実際に自前でまかなっているケースは非常に稀。

自家発電

 

「営みを作るためのエネルギーを、自分たちでまかないたいという当たり前の感覚が背景にあります。自然を使わせてもらいながら、ムダを排しているわけです。足りない分を電力会社から購入していますが、この取り組みのおかげでコロナ禍によりお客さまが激減した時期でも、経営的にはなんとかしのぐことができました」

 

高級旅館としては異例ながら、軽規格EVの採用は必然だった

一連の取り組みのなかで、送迎車にEVを採用したのは2023年1月のこと。星のや軽井沢では、非日常的な体験をしてもらうために、駐車場はあえて隣接させず、1kmほど離れたレセプションエリアに駐車することになる。その往復送迎のためなどに、2023年12月現在、14台の日産・サクラが稼働しているのだ。

送迎車

 

「エネルギーを自前でまかなうのだから、車も自分たちのエネルギーで走らせたいという思いは開業当時からありました。しかし当時のEVは、カートのような2名乗りで荷物も乗せられないうえ、ナンバーが取得できないため公道を走れない。そこで苦渋の決断でガソリン車を選択しました。EVが一般的になってからも、大きいものばかりで、走らせるためには施設内の道を広げる必要があり、現実的ではありません。軽自動車規格のサクラはその点、願ったり叶ったりの一台だったのです」

星のや

 

とはいえ、一流の宿泊施設で使われる送迎車は、一般的に高級車が選ばれるケースが多い。軽自動車であるサクラを採用するのは、勇気のいる決断であったに違いない。採用に至るまで、社内には反対意見もあったとか。

「定員がひとり減るとか、荷物がたくさん乗らないとか、いろいろ反対意見は出ました。声をあげやすい社風ですし、色んな意見があってしかるべきだと思います。そのうえで、谷の集落に馴染む意匠性や、歩くお客さまの邪魔をしないサイズ感など、メリットが上回るという判断に至りました。私たちには、『こうでなくてはならない』という基軸はありません。声を集めて、皆で目指す方向に対してベストな判断を下していくことで、サービスの質を高めているのです」

実際、サクラを採用したことに対して、利用者から不満の声などは出ていないという。

送迎車

 

「私たちのお客さまは、皆さま海外のリゾートバケーションをするのと同じように、時間の概念なくゆったり過ごしたいという思いの方が多い印象です。私見ですが、感受性の高い方が多いからか、サクラを選んだことを肯定的に受け止めてくれるような印象もあります」

 

実は10年前にも一度導入。EV普通充電設備と、宿泊体験の親和性

このようにして決めたのは、EVの充電設備も同様だという。

「実は10年くらい前に、一度EVの充電設備を導入したのです。しかし単一メーカーにしか対応せず、当時はしょっちゅう規格が変わっていました。いかんせん早すぎまして廃止を決断しましたが、ようやく顧客ニーズが顕在化してきたのがこの2年くらいでしょうか。移動手段として優れているEVは、宿泊体験を豊かにして、CO2排出量が少なく、宿泊地にも負担が少ない。いいことずくめだと思います」

充電器 

星のや軽井沢のみならず、EV充電設備を導入している星野リゾートのどの宿泊施設でも、アクティビティプログラムと同様にEV充電を事前予約できる。星のや軽井沢では、急速充電ではなくあえて普通充電を採用している点も特長だ。

「EV充電設備は、駐車場のなかでもここのあたりで……と、トントン拍子に決まっていきました。急速充電も選択肢にありましたが、星のや軽井沢は連泊をしていただく前提ですから、外に周遊観光せずにゆったり滞在していただくなかで、バッテリーに負担をかけずに100%まで充電できる普通充電は親和性が高いわけです。のんびりした時間軸で、車から離れて自然の流れのなかで過ごし、満タンに充電していただけることで、ステイの質を高めていただける確信がありました。旅の前から旅行のアレンジは始まっていますから、EVにおける重要な旅のオプションである充電を、あらかじめ旅の項目に組み込んでいただくことで安心感に繋がります。そのため事前予約が必須と考えました」

関連リンク:
https://hoshinoresorts.com/ja/sp/ev/

 

eチャージバナー

 

一連の環境への取り組みの理由は、「主客対等」というポリシーによるもの

星のや軽井沢が自発的に生み出したサービスが、後々業界でスタンダードになったことは数多くある。

「私の知る限り、エコやSDGsに関することで、これまでお客さまからリクエストをいただいたケースはありません。時代に合わせることはせず、『私たちがしたいから』導入してきたのです。こだわりと自信を持って決めたことを続けてきた。アメニティボトルが最たる例で、最近では様々な宿泊施設で、小分けではなくフルボトルを設置する例が増えてきましたが、星のや軽井沢では開業当時からそうしていました。私たちが使ってほしいものを、必要な分だけ少量ずつご利用いただくという発想。最初はアメニティが貧弱だと言われましたが、ようやく評価いただけるようになりました」

赤羽さん

 

18年たってようやく価値観が追いついてきたわけで、このようなニーズの先取りは、社会や顧客におもねることでは誕生し得ない。自分たちが考える理想のサービスを自発的に提供した結果、評価が追いついてきたのだ。これは、「主客対等」というサービス哲学によるものだという。茶の湯の文化から受け継ぐ日本独自の精神で、もてなす側と客とが対等で、互いに一歩引いて相手を尊重するというもの。

「主客対等は馴染みがないかもしれませんが、日本旅館をホテルと同様か、それを上回る魅力的な選択肢にするための大切な要素だと考えています。お客さまのご希望をひたすら叶えるだけだと、どうしてもサービスが凡庸化してしまう。私たちとともに過ごしていくからこそできるサービスを、提案型で提供することで、唯一無二の価値を作り上げているのです」

水力発電

 

水力による自家発電、EVの充電設備、送迎車のEV化など、一連のさまざまな取り組みは、競合他社の真似や顧客ニーズから誕生したものではなく、星のや独自の理想に基づいた“提案”といえそうだ。ゆえに、トレンドが生まれるはるか以前から取り組むことができ、話題になった時点ではすでにスタイルが完成しているということ。

送迎車

 

「最初のEV充電設備のように、いざ始めてみても『ちょっと違う』という結論に至り、廃止したサービスもあります。何かを始めるのには何かを捨てなくてはいけません。大事なことは、その選択を何のためにやって、その価値に見合うかどうかを自問自答していくことだと思います」

 

水力発電がやがてEV充電へ。豊かなステイへの取り組みに対する、期待感

主客対等の考えに基づき、星のや軽井沢という“谷の集落”で過ごすひとときは、星のやの考える理想のステイを実践する時間だ。

お庭

 

「最近、星のやのコンセプトが『夢中になるという休息』から『その瞬間の特等席へ。』に変わりました。体験の時間軸のなかの点を表しています。たとえば朝早く起きて、外に出て霜柱を踏みしめる行為は、都市での生活では味わえない非日常の瞬間です。このように、そこかしこにさまざまな体験が待っているわけです」

ステイの内容は本記事前編に詳しく記したが、赤羽さんはEVで訪れた星のやの非日常を、こんなふうに過ごしてほしいと理想を語る。

赤羽さん

 

「星のや軽井沢は、本当に自然が近いのです。私たちも、自然の一角を間借りして宿泊業をやっている感覚です。そこでの体験は、普段とは違うもの。時計もテレビもないなかで、星の美しさや季節のうつろいを感じ、お腹が空いたからそろそろご飯……といった具合に、ニュートラルな体験が待っています。胸を張ってオススメしたい価値観ですし、足を踏み入れたときに、きっと土地の息吹やリズムを感じていただけるはず。EVを選択したお客さまらしい感じ方で、思い思いの楽しみ方を実践してほしいと願っています」

夕焼け

 

星のや軽井沢の中央を流れる川は、もともと水力発電のための調整池・沈砂池として開業時に作られたものなのだとか。これはやがて棚田の景色を構築し、水のせせらぎというBGMとともに谷の集落を形成する印象的なシンボルになった。情緒的な価値に加え、エネルギーをまかなうオフグリッドの取り組みを次々と生み、今やEVの充電にまで発展した。

それもこれも、星のやならではの価値基準に基づいて生まれた、豊かなステイに紐付けるための取り組み。今後もさらにユニークなものが生まれてきそうな期待感を抱かせてくれる。

 

 

撮影:平安名栄一

 

今回の取材先:星のや軽井沢

星のや

 

2005年に開業した、星のやブランド最初の宿。「谷の集落に滞在する」というユニークなコンセプトを持ち、四季折々の自然を、情景や食、エコツーリズムのほか、豊富なアクティビティでも堪能できる。西洋の暮らしに迎合しすぎない「もうひとつの日本」をテーマに掲げ、主客対等の理念による提案型のもてなしの数々を受けるひとときは、高級ホテルとはひと味違った魅力的な滞在を約束してくれる。

 

住所:長野県軽井沢町星野

電話:050-3134-8091(星のや総合予約)

Webサイト:https://hoshinoya.com/karuizawa/

 

この記事の著者
吉々是良
吉々是良

(株)reQue代表取締役。寺院住職との兼業編集ライター。自動車メーカーのタイアップ広告やオウンドメディアで執筆するほか、紀行文やテクノロジー関連、相続分野を得意とする元情報誌編集部員。欧州車を中心に、愛車遍歴約20年で10台を乗り継ぐ。