山間部や寒冷地にお住まいの場合、ガソリン車の4WDを使うことが多いはずです。そうした方々には「冬にアイスバーンが発生したときや積雪時に走れるの?」と、電気自動車(EV)に不安を感じる人もいるかもしれません。冬の滑りやすい路面環境で4WDのEVの操縦安定性や走行性能はどうなのか? モータージャーナリストの岡本幸一郎さんが日産「アリア B9 e-4ORCE」を中心に試乗レポートします。
長野県の女神湖畔で日産の電動車4台に試乗
長野県の女神湖畔で2024年1月下旬に開催された、恒例の「NISSAN Intelligent Winter Drive」に参加した。かねてより日産が開発してきた電動化技術や制御技術が、冬場の滑りやすい路面環境においてどのように機能するのかを体感し、理解を深めることのできる、貴重な機会である。
試乗時の天候は晴れ、外気温は2~3℃。女神湖周辺の大小Rのカーブが連なり起伏に富んだ一般道は、前夜までに降った雪が踏み固められて残っている箇所もあれば、溶けてシャバシャバになりむしろ滑りやすくなっていたり、舗装路が露出している場所も見受けられた。
そんな中で、今回は100%EVのアリアとサクラをメインに、電動車つながりで「e-POWER」(※1)のエクストレイルとセレナを交えた計4台に試乗した。このうちアリアとエクストレイルには4WDの「e-4ORCE」が搭載され、かたやサクラは前輪駆動のみ。セレナはガソリン車では4WDも選べるが、e-POWERは前輪駆動のみの設定となっている。
※1:日産独自のシリーズ式ハイブリッドの電動パワートレーン。 エンジンは発電専用で、モーターのみで100%駆動する
4車種について混乱する可能性もあるため、以下のとおりレビュー前にいったん整理しておく。
車種 | アリア B9e-4ORCE | エクストレイルe-4ORCE | サクラ | セレナe-POWER |
電気車区分 | EV | HEV(e-POWER) | EV | HEV(e-POWER) |
駆動方式 | 4WD(e-4ORCE) | 4WD(e-4ORCE) | 2WD(前輪駆動) | 2WD(前輪駆動) |
日産「アリア」4WDモデルの3つのポイント
EVのアリアとe-POWERのエクストレイルには、どちらも前後2つの高出力モーターとブレーキの統合制御により駆動力を自在にコントロールする日産独自の電動駆動4輪制御システム「e-4ORCE」が搭載されている。このほかに日産の電動4WD車として、e-4ORCEは搭載されないが、e-POWER 4WDのノートやキックスがある。
そのe-4ORCEには、3つの特徴がある。
その1は、快適な乗り心地だ。電動パワートレーンならではの力強くなめらかな走りはもちろん、クルマというのは減速時に荷重が前よりになるので、前輪のみで回生するとピッチングが発生し頭が振られてしまうところを、e-4ORCEでは前後2つのモーターでバランスよく回生し減速させることでフラットな姿勢を保ち、同乗者を含めすべての乗員にとって快適な乗り心地を提供することができている。
その2は、卓越したハンドリング性能だ。先ほどとは逆に、クルマというのはアクセルを踏んだ瞬間に若干フロントの荷重が抜けるのでアンダーステアになり、フロントが外に膨らもうとする。そんなときにe-4ORCEでは、前後モーターと左右ブレーキを統合して制御し、各輪のグリップ限界を算出して、モーターとブレーキで各輪の駆動力をコントロールし、アクセルを踏んでステアリングを切った瞬間に駆動力をリアに配分するよう制御して回頭性を確保している。
反対に、コーナリングから直進に戻るときには適宜ヨー(※2)を抑えるように制御する。これらによりドライバーのステアリング操作に対する素直なクルマの挙動を実現できて、運転しやすいと感じられるわけだ。一般道ではもちろん、今回のような雪道ではなおのこと体感できるに違いない。
※2:ヨー慣性モーメント。走行中の自動車に対し、重心を中心として旋回・静止の働きを続けようともたらされる力のことを指す
その3は、路面を問わない安心感だ。一般的な4WDシステムでも滑りやすい路面や悪路での走破性はそれなりにあるが、e-4ORCEでははるかに高度なことをやっている。ポイントは緻密なトルクコントロールだ。モーター駆動ならではの10,000分の1秒単位でトルク制御を行う。減速時には各輪の滑り度合を常にモニタリングし、滑りやすい路面では回生量を自動的に最適にコントロールしている。
発進時には、タイヤの滑った量を検知してトルクダウンして、滑りを収めてから発進するという制御は、だいたいどの4WD車でもやっていることだが、e-4ORCEではそのサイクルを非常に素早くしているのが特徴だ。
バンとアクセルを踏んでもタイヤが4分の1回転ぐらいでフィードバックをかけてトルクダウンをかけるので、大半のドライバーは滑ったことに気がつかない。結果的に乗員は何も不安に感じることなく乗れるようになる。
雪道や凍結路の走行に頼もしさすら感じられる
システム構成としては、各種車両状態のセンシング信号がシャシーを制御するECUに送られ、ECUで目標車両挙動を決定し、目標車両挙動となるように、VDC(横滑り防止装置)とVCM(駆動力や回生を制御するモジュール)に制御指令値を送信。VDCではブレーキ制御指令を受けて制動力をコントロールし、VCMでは駆動トルク指令および前後配分指令を受けてモーターのトータル駆動力および前後駆動力配分をコントロールする。
ようするにシーンに応じて理想的な車両挙動をECUが想定し、実際の挙動とのズレを補正するようパワートレーンやブレーキを最適に制御する、とイメージしてもらえばよいだろう。しかもひとつにまとめて統合制御して各部に指示を出しているところが大きく異なる。
従来はシャシー、4WD、トランスファーなど、それぞれ指示を出すユニットが個別に分かれていたところを、e-4ORCEでは1個に統合し、制動力はどれくらいにするか、VDCはどういうふうに作動して欲しいか、そのときにモーターにどれくらい駆動力を出して欲しいかというのをひとつのユニットで考えて、全体のバランスをとるように制御しているのだ。
これにより、より瞬時かつ正確な制御を実現している。また、制御している内容も従来より大幅に増えている。たとえば濡れた路面と圧雪路と凍結路では、ステアリングを切ったりアクセルやブレーキを踏んだりしたときのクルマの反応が違うが、そのクルマの挙動がどう変わったのかをセンシングする作業も制御の中に組み込まれている。
そんな優秀な頭脳を持ったアリアとエクストレイルの雪道での走りは、まさしくインテリジェンスを感じるものだった。路面のミューが低いことを感じさせないほどスムーズに発進できて、イメージしたとおりのラインを安定してトレースしていける。限界内の通常のコーナリングなら小さな舵角を維持したままクリアできて、もう少し曲がりたいときには、舵角を増やすと適宜内輪にブレーキをかけてくれる。
再加速しようとアクセルを踏み増してもスリップを感じることはない。ほどよく減速度を生み出してくれる「e-Pedal Step」(※3)も、こうした車両重量の重いクルマでは雪道を走るときはなおのことありがたい。
※3:アクセルペダルの踏み加減を調整するだけで加速・減速の度合いをコントロールできる機能
アリアとエクストレイルでは車両重量に300kgを超える差があり、前後重量配分や重心点も少なからず異なるので、走り味もそれなりに違うが、先進的な4輪駆動システムが実に頼もしく感じられたことに変わりはない。
最初から常に4WDとなる「SNOWモード」
アリアとエクストレイルでは、「SNOWモード」が選択できるのも特徴だ。SNOWモードというと、一般的には滑りやすい路面でスリップしないよう、穏やかな特性とされているイメージがあり、燃費を抑えるための「ECOモード」と似ている気がしたのだが、両車両のSNOWモードは全然違って、むしろ意のままに走りやすく、とてもしっかり走れる印象を受けた。
それもそのはずで、ECOモードでは停止時にFWD(前輪駆動)状態でスタンバイするのに対し、SNOWモードは最初から常に4WDとなるのが大きな違い。もちろん、滑って危ない状態になればECOモードでも4WDになる。
また、ECOモードでは、ざっくりいうとエネルギー消費が大きくパワーの出る領域を抑えているのに対し、SNOWモードは駆動力の立ち上がりを穏やかにして急な変化を起こさないようにしつつも、全開にすればフルパワーが出るようになっている。だから路面によっては滑ることもある。
「SPORTモード」ならもっとアグレッシブに走れるわけだが、一般道を気持ちよく快適に走るには、実はパワーの出方がマイルドで滑らかなSNOWモードが適していると開発関係者が教えてくれた。何を隠そう、SNOWモードを「COMFORTモード」という呼び方にしてもよいという考えもあったそうだ。同乗者にもやさしい特性なので、都市部で後席に子どもを乗せて移動するようなときにもオススメだという。
️前輪駆動の軽EV「サクラ」の雪道の走りは?
雪道には4WDのほうが適していることは周知のとおりだが、前輪駆動のサクラとセレナもリニアでスムーズな加速フィールに変わりはなく、予想以上に走れることに感心した。途中にあったちょっと上れるか不安になるぐらいの上り勾配で、試しに途中で完全停止して再発進してみたところ、アクセルを全開にするとわずかに滑ってから、ゆーっくりと動き出す。
上り始めてしまえばこっちのもの。そのままだんだん車速が増していき、ちゃんと走破できてしまった。トルクをより緻密に制御できるモーター駆動なればこそ、グリップするギリギリのところを上手く探って前に進ませていることかがうかがえる。エンジン駆動車ではこうはいくまい。
e-Pedal Stepによりアクセルペダルの操作だけで減速をコントロールできるおかげで、ブレーキに踏み換える頻度が減り、ABSが作動したり、前のめりの不安定な姿勢になることもないのは、雪道ではなおのことありがたい。
サクラは車両重量が1080kgという軽さも強みで、発進さえ気をつければスイスイと走っていける。見た目には重心が高そうでトレッドが狭く、安定感がなそうに感じるところだが、実際には重いバッテリーを床下の低い位置に積んでいるので、重心が低く前後重量配分のバランスもよいことが雪道でも効いているようだ。
セレナはガソリン車には4WDがあるので、降雪地を走る機会のある人はそちらを選ぶのももちろんいいが、もしe-POWERに興味があるのなら、たとえ前輪駆動しかなくてもe-POWERを選ぶ価値は十分にありそうだ。
こうして冬の女神湖周辺の一般道という、より一般ユーザーに近いシチュエーションを走って、日産が力を注いできた電動化技術や制御技術がいかに優れているかを大いに実感した次第である。
※本記事の内容は公開日時点での情報となります
撮影:小林岳夫
〈今回試乗した4台のスペック表〉
アリア B9 e-4ORCE Limited
全長×全幅×全高 | 4595mm×1850mm×1665mm |
ホイールベース | 2775mm |
車両重量 | 2230kg |
バッテリー容量 | 91kWh |
一充電走行距離 | 560km(WLTCモード) |
フロントモーター最高出力 | 218ps(160kW)/5950-11960rpm |
フロントモーター最大トルク | 300Nm/0-4392rpm |
リアモーター最高出力 | 218ps(160kW)/5950-10320rpm |
リアモーター最大トルク | 300Nm/0-4392rpm |
駆動方式 | 4WD |
最小回転半径 | 5.4m |
タイヤサイズ | 255/45R20 |
税込車両価格 | 790万200円 |
サクラ G
全長×全幅×全高 | 3395mm×1475mm×1655mm |
ホイールベース | 2495mm |
車両重量 | 1080kg |
バッテリー容量 | 20kWh |
一充電走行距離 | 180km(WLTCモード) |
モーター最高出力 | 64ps(47kW)/2302-10455rpm |
モーター最大トルク | 195Nm/0-2302rpm |
駆動方式 | 2WD(前輪駆動) |
最小回転半径 | 4.8m |
タイヤサイズ | 165/55R15(オプション) |
税込車両価格 | 304万400円 |
エクストレイル AUTECH e-4ORCE Advanced Package
全長×全幅×全高 | 4675mm×1840mm×1715mm |
ホイールベース | 2705mm |
車両重量 | 1880kg |
エンジン種類 | 1497cc直列3気筒DOHC |
エンジン最高出力 | 144ps(106kW)/4400-5000rpm |
エンジン最大トルク | 250Nm/2400-4000rpm |
フロントモーター最高出力 | 204ps(150kW)/4501-7422rpm |
フロントモーター最大トルク | 330Nm/0-3505rpm |
リアモーター最高出力 | 136ps(100kW)/4897-9504rpm |
リアモーター最大トルク | 195Nm/0-4897rpm |
駆動方式 | 4WD |
最小回転半径 | 5.4m |
タイヤサイズ | 255/45R20 |
税込車両価格 | 532万9500円 |
セレナ e-POWER ハイウェイスターV
全長×全幅×全高 | 4765mm×1715mm×1870mm |
ホイールベース | 2870mm |
車両重量 | 1810kg |
エンジン種類 | 1433cc直列3気筒DOHC |
エンジン最高出力 | 98ps(72kW)/5600rpm |
エンジン最大トルク | 123Nm/5600rpm |
モーター最高出力 | 163ps(120kW) |
モーター最大トルク | 315Nm |
駆動方式 | 2WD(前輪駆動) |
最小回転半径 | 5.7m |
タイヤサイズ | 205/65R16 |
税込車両価格 | 368万6100円 |