マツダが世界に誇る伝統技術・ロータリーエンジンが、PHEVとして復活を遂げました。その役割は、完全に発電のため。すなわち動力も乗り味もEVそのものというユニークな一台が、MX-30 Rotary-EVです。個性たっぷりに仕立てられたPHEVの実力を、モータージャーナリストのまるも亜希子さんがレポートします。
両側が観音開きになるという、ユニークなドアを持つスタイリッシュなコンパクトSUVである、MX-30。2020年からマイルドハイブリッドモデル、2021年からEVモデルが販売されてきました。EVモデルは以前にも本連載でご紹介しましたが、今回は真打とも言えるPHEVモデル、MX-30 Rotary-EVです。ユニークなのは、世界で唯一、マツダだけが量産に成功しているロータリーエンジンを発電専用に搭載し、100%モーター駆動によるシリーズ式PHEVとして仕立てたこと。そこに込められた想いや、私たちにどんな魅力があるのかなど、チェックしてきました。
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かつてのスポーツカーとは違う、新世代のロータリー
マツダのロータリーエンジンといえば、1970年代に国内レースで「打倒GT-R」をやってのけ、1991年には世界で最もドラマティックな耐久レースといわれる「ル・マン24時間レース」で悲願の総合優勝を勝ち取ったことから、レースファン、スポーツカーファンに愛されてきたエンジンでした。
2012年をもって一度は生産を終了しましたが、ロータリーエンジンは小さな排気量で高出力が得られ、軽量コンパクトで低振動・低騒音といった、さまざまなメリットが認められている技術です。その長所を活かすべくコツコツと研究開発は続けられ、「ロータリーエンジンの火は消さない」という強いメッセージとともに、新世代の“発電する”ロータリーエンジン「「e-SKYACTIV R-EV」として、新たな伝説が幕を開けることとなったのです。
新開発されたロータリーエンジン(8C型)は、発電専用ということで1ローターとなり、排気量が830ccにアップして最高出力は53kW。ローター幅が従来の13B型の80mmから76mmになり、創成半径(レシプロエンジンのボア×ストロークに相当)は105mmから120mmになっています。さらなる低燃費・低エミッション化のために燃料を直噴化し、従来は鉄だったサイドハウジングをアルミ化してエンジン単体で15kg以上も軽量化。これは航続距離を少しでも延ばすためです。おかげでEVとしての航続距離は、107km(WLTCモード)を実現しています。
この新開発ロータリーエンジンと組み合わせるのが、油冷構造を採用してコンパクトながら125kW(170ps)/9000rpmの高出力をかなえたモーター。床下には17.8kWhのリチウムイオンバッテリーを搭載し、50Lの燃料タンクも備えています。普段の買い物などはEVとして、いざという時にはハイブリッドとして長距離走行もしっかりこなせる実力の持ち主となっています。
シングル世代やカップル、セカンドカーにハマるキャラクター
コンパクトカーからフラッグシップセダンまで、フロントマスクなどのイメージを統一している印象のマツダの中で、ちょっと個性的なデザインが特別感のあるMX-30。このRotary-EVもほぼデザインは変わっておらず、「フリースタイルドア」と呼ばれる観音開きドアを採用しています。すべて開け放つと開放的な空間となって、ほかでは味わえない心地よさが広がる一方、後席をよく使う方にはちょっと不便さを感じるかもしれません。ドアの開け閉めが、まず前のドアを開けてから後ろのドアを開ける順番となっているので、後ろだけを開けたくても必ず前のドアから開けることになるからです。
これは、「後席に座らせた子どもが勝手にドアを開けておりられないから安心」という人もいれば、「自分でドアを開けられないから、面倒」という人もいますが、いずれにしても後席に大人が座るとちょっとタイト。
SUVのカタチをしていますが、多人数を乗せたり荷物をたくさん積んだりというよりは、ロードスターのようなスペシャリティカーとして考えた使い方の方が、しっくりくるのではないかと思います。
その代わり、走りのフィーリングはとても軽快で気持ちよく、静かです。バッテリー残量が減ってくるとロータリーエンジンの音もかすかに響きますが、ほとんど黒子のような存在。走行モードはノーマル、EVのほかに、バッテリーを充電しながら走るチャージモードが設定されています。チャージモードでは充電残量を10%単位で任意に選べるのも便利です。自分なりに計画を立て、賢く電気を使った走り方ができるのもMX-30 Rotary-EVの魅力でしょう。
充電は普通充電と急速充電に対応し、6kWの普通充電で約3時間(SOC:0~100%)、40kW以上の急速充電で約25分(SOC:20~80%)が目安とのこと。また、給電機能も充実しており、フロントコンソールに150W、ラゲッジ内には1500WのAC100Ⅴコンセントが設置されているのに加え、家庭への電力供給ができるV2Hにも対応。
非常時の際の目安としては、一般家庭においてバッテリーのみで約1.2日分、バッテリー+エンジン発電で約9.1日分の電気がまかなえるそうです※。
※10kWh/日、バッテリー満充電、ガソリン満タンの場合
ロータリーを知らない人も、心地よく乗れるPHEV
ファンにとっては、たとえ発電専用としてでもロータリーエンジンが復活してくれたことはうれしいポイントですが、MX-30 Rotary-EVはそのことをまったく知らない人でも、十分に恩恵を受けられるPHEVです。ロータリーの美点である省スペース性のおかげで、コンパクトクラスには贅沢な高出力モーターを搭載することができ、低速から高速域までどんなシーンでもEV走行が可能。
ほかのPHEVではアクセルを強く踏み込むとエンジンがかかることがありますが、バッテリー残量が45%になるまでは発電しない仕組み。なにも気にせず運転してもずっとなめらかでパワフルな気持ちのいい走行フィールが続くのです。
ユニークなドアなので2人もしくは2人+子ども1人程度のファミリーにおすすめしますが、荷室容量は350Lと一般的なコンパクトSUV並みを実現。最低地上高は130mmと、SUVとしては低めで全車が前輪駆動の2WDとなっています。ギャップのある路面や雪道を走行する際は丁寧な運転を心がけたいところです。
欧州ではMX-5を名乗るロードスターと同じ「MX」が与えられていることからも、ちょっとスペシャルなクルマとして楽しみたいMX-30 Rotary-EV。日常を豊かに、心地よく演出してくれるPHEVです。
撮影:宮門秀行
<スペック>
全長×全幅×全高 | 4395mm×1795mm×1595mm |
車両重量 | 1780kg |
バッテリー総電力量 | 17.8kWh |
EV走行換算距離 | 107km(WLTCモード) |
モーター最高出力 | 125kW(170PS)/9000rpm |
モーター最大トルク | 260Nm/0-4481rpm |
駆動方式 | FF |
税込車両価格 | 約423~492万円 |
※本記事の内容は公開日時点での情報となります
この記事の監修者
まるも 亜希子
カーライフ・ジャーナリスト。映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、モータースポーツに参戦するほか、安全運転インストラクターなども務める。06年より日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。女性パワーでクルマ社会を元気にする「ピンク・ホイール・プロジェクト」代表として、経済産業省との共同プロジェクトや東京モーターショーでのシンポジウム開催経験もある。