電気自動車(EV)が普及し始めるのと同時に、ニュースなどでEVの車両火災が話題になることが増えてきました。多くのEVが搭載するリチウムイオン電池は衝撃が加わると発熱・発火する可能性があることから、「EV=燃えやすい」と誤解してしまう人もいるようです。そこで「EV火災は本当に多いのか?」という点について、リチウムイオン電池の特性の解説と併せて紹介します。
注:本記事では、米国の統計情報を掲載しておりましたが、当該情報に疑義が生じたため、2024年9月9日に該当部分を削除いたしました。お詫びして訂正いたします。
EVの車両火災が多いというのは本当なのか?
「高速道路の料金所に追突したEVが一瞬で炎上した」「積荷のEVが燃えて自動車運搬船が火災事故を起こした」など、EVの車両火災が大きなニュースとして取り上げられることが増えています。しかし、EVの火災は本当に多発しているのでしょうか。
エンジン車のほうが圧倒的に車両火災の件数が多い
EVの車両火災が大きなニュースになるのは、実のところ不思議な現象です。なぜなら、車の火災自体はけっして珍しいことではないからです。消防庁の統計を見ると、2021年は全国で3512件、2022年は3409件の車両火災が発生していて、そのうち出火原因として一番多いのはEVと関係のない「排気管」です1)。
新車販売台数に占めるEVの割合は2%程度にすぎません。単純に車両火災の発生件数だけで言えば、販売台数の多いエンジン車のほうが圧倒的に多いはずです。にもかかわらず、多くの人がEV火災に注目し、ニュースで大きく取り上げられるわけです。
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国産車に限るとEVの車両火災の件数はほぼゼロ
そもそも、日本のメーカーが製造・販売しているEVの車両火災はほとんど発生していないと言われています。たとえば、国内でもっとも長く販売されているのは日産「リーフ」ですが、「リーフ」から回収した使用済み電池のリユース事業を手がける日産の関連企業「フォーアールエナジー」の牧野英治社長(当時)は、2022年にEV DAYS編集部が取材したとき次のように話しています。
「2010年12月に(リーフの)初代モデルが発売されてから、バッテリーに起因する火災事故は一度も発生していません。世界で延べ210億kmを走り続けながら、重大な不具合はゼロです」
これまで「リーフ」は世界約50カ国で約65万台が販売され2)、日産はメーカー別のEVの販売台数で国内トップです。つまり、ニュースで取り上げられるEVの車両火災は、そのほとんどが海外で発生した火災か、一部の輸入車の火災ということになります。
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EV火災の原因? リチウムイオン電池の特性とは?
日本におけるEVの車両火災の発生件数はわずかにもかかわらず、なぜ大きな注目を集めるのでしょうか。その理由のひとつと考えられる「リチウムイオン電池」の特性と併せて解説します。
EV火災が注目される理由は「リチウムイオン電池」?
EVの車両火災が注目される理由のひとつに、まずは「EVが新しい製品だから」ということがあると考えられます。米国の社会学者が提唱したイノベーション普及学におけるイノベーター理論によると、新しいモノやサービスの採用に対して懐疑的・消極的な層が市場全体の30%以上を占めるとされます。
EVはこれから本格的に普及する新しい製品だからこそ、その安全性を疑問視する層が一定数存在する可能性が考えられます。
さらにもうひとつ、EV火災が注目される大きな理由と考えられるのが「リチウムイオン電池」です。多くのEVはエネルギー貯蔵源として大容量のリチウムイオン電池を搭載しています。リチウムイオン電池はスマホのバッテリーとして使用される身近な製品である一方、衝撃や圧力がかかると発火する可能性が指摘されています。
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専門家がリチウムイオン電池の発火リスクを解説
リチウムイオン電池は従来のアルカリ電池などに比べると電圧が高く、小型で軽量、さらに電池容量も多いことから、EVだけでなく、スマホやノートパソコンなどに使われています。ただし、三洋電機で携帯電話やパソコン向けのリチウムイオン電池開発チームを率い、現在は電池開発やコンサルティングを行う「Amaz技術コンサルティング合同会社」の代表社員・雨堤徹さんによると、「高性能な電池ほど発火リスクも高くなる」といいます。
「どのような種類の電池も電気エネルギーが蓄積されており、短時間に放出されると発熱・発煙・発火・破裂といった現象が起こる可能性があります。原理的にはどのような電池にもその危険性がありますが、一般的に高性能な電池ほど電圧が高くて電流が流しやすく、多くのエネルギーを溜め込んでいるため、ある意味で発火しやすいとも言えるでしょう」(雨堤さん、以下同)
こうしたことからリチウムイオン電池の製品化には耐久性や信頼性確保が非常に重要となり、国が定めたさまざまな性能試験規格や安全性試験規格をクリアしなければならないといいます。
「日本や欧米メーカーのリチウムイオン電池であれば、国が定めた性能試験・安全性試験をクリアしているので不安に感じる必要はないでしょう。たとえば、日産『リーフ』は発売されてからすでに13年以上が経過していますが、『リーフ』がバッテリーに起因する火災を起こしたという話は一度も聞いたことがありません」
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衝撃や圧力で電池内部が分解されてしまうと燃え始める
しかし、事故などでリチウムイオン電池に強い衝撃が加わったり破壊されたりした場合は話が異なります。雨堤さんによれば、リチウムイオン電池が内部短絡(ショート)すると、内部の温度が上昇していき、それが原因でバッテリー内部の有機溶媒が分解され、可燃性ガスや酸素が生じて燃えてしまうといいます。
また、リチウムイオン電池の設計自体が悪い場合や、純正以外の機器で充電したことなどによる過充電で加熱が進んだ場合も、内部短絡と同じような状況に陥り発火する可能性があるそうです。
燃え始めたリチウムイオン電池は、内部分解によって生まれた可燃ガスと酸素を燃料とし、さらに大きく燃え上がります。そのためリチウムイオン電池は一度燃え始めると、空気の遮断だけではなかなか火が消えないという特性を有しているといいます。
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EV火災が万が一起きてしまったときの対処法
性能試験や安全性試験をクリアしていても、事故を起こせばEVに火災が発生する可能性はゼロではありません。万が一、EVの車両火災が発生した場合はどう対処すればいいのでしょうか。
雨堤さんによれば、リチウムイオン電池が内部短絡(ショート)を起こすと、発煙するといいます。その場合はまず「車両から離れること」が大切です。火災が発生するおそれがあるため、車両から離れたうえで消防に連絡しましょう。
「火災が発生した場合、泡消化器などで空気を遮断しても火は消えません。重要なのは電池の温度を下げること。したがって大量の水をかける方法が非常に有効です」と雨堤さん。そうやって大量の水などでしっかり温度を下げておかないと、いったん鎮火したように見えても再び燃え始める危険性があるそうです。
なお、「リチウム金属は水に入れると発熱して火災や爆発を起こす」とも言われますが、リチウムイオン電池に使用されているリチウムは通常イオン状態で、大気に触れないようにきちんと密封されているため、消火するために電池に水をかけても問題はないそうです。
万が一の火災時は安全優先で落ち着いて対処しよう
販売台数や保有台数を見るとEVはまだガソリン車やHEVに遠く及びません。また、リチウムイオン電池に起因する国産EVの火災事故もこれまでほぼ発生したことがありません。日本国内で毎年3500件ほど発生している車両火災は、そのほとんどがエンジン車などによる火災と考えられます。
そういう意味では、現状ではほんのごく一部のEVの火災事故をニュースとして大きく取り上げすぎている、多くの人が心配しすぎているという面は否めないでしょう。ただし、今後国内でEV普及が広がっていくと状況が変化する可能性があります。
なお、万が一、事故などを起こしてEVの火災が発生した場合は本記事の注意点を思い出し、落ち着いて、安全優先で対処しましょう。どのような状況でも一番の悪手は慌ててしまうことです。
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