CO2排出をゼロに近づける脱炭素社会の実現に向けて、いま日本各地でもEV(電気自動車)の普及を通じた「環境にやさしい街づくり」への取り組みが増えています。EVが普及することによって街はどのように進化していくのか? 本連載「EVで進化する街」は、そんな視点から環境にやさしい街づくりをシリーズで紹介していきます。連載第1回は、山梨県南アルプス市で行われたEV用急速充電器の共同利用に関する社会実験です。
充電器シェアの社会実験の背景は
ガソリン燃料を使用し、CO2(二酸化炭素)を排出しながら走るのは家庭の乗用車だけではなく、業務用車・商用車も同じです。そのため脱炭素社会の実現には広域的なEV化が欠かせません。
EVは、ガソリン燃料の代わりに充電の必要がありますが、業務用車・商用車のEV化には「事業所敷地内に専用の充電器を多数設置すると費用負担が大きくなる可能性がある」「公共の充電スポットで代替利用すると充電したいときに他の車両がいて充電できず業務に支障をきたす可能性がある」というコスト面・運用面の課題があります。
これらの解決策となりそうなのが「EV用急速充電器の共同利用」です。
南アルプス市での社会実験は、東京電力パワーグリッドの事務所駐車場に短時間で充電できる急速充電器を1台設置し、約20の企業や団体が共同利用する試みです。経済産業省の公募による実証事業で、東京電力ホールディングスが事業推進者となり、南アルプス市と地元企業との2021年2月末まで約4カ月間の実験により、充電器を利用したデータなどから共同で利用する仕組みの利便性や経済性を検証しました。
今回の実験では、利用者にあらかじめ割り当てられた専有時間帯(予約枠)と、スマートフォンで専用アプリにログインして都合の良い時間に予約ができるフリーの時間帯に充電を行いました。充電順番待ちの「渋滞」を避けて効率よく利用できる仕組みです。
実際のところ、充電環境課題の解決とEV化への道筋は見えたのでしょうか。
東京電力ホールディングスEV推進室の羽野真美、東京電力パワーグリッド山梨総支社の玉田慎也副総支社長と高橋朋美、地元企業である日本生命・甲府支社の根津雅憲支社長と矢崎由美子さんの5人に、南アルプス市での取り組みについて話を聞きました。
南アルプス市が舞台となった理由
──南アルプス市での社会実験は、東京電力が経済産業省の実証事業にエントリーすることでスタートしたそうですが、エントリーした理由を教えてください。
羽野(東京電力ホールディングスEV推進室) 東京電力はグループとして「電化」を通じて脱炭素社会に貢献することをビジョンに掲げています。とくに運輸関係はCO2排出量が多いので、自動車の電化、つまりEVなどの普及を後押しする活動をしています。同時に充電ネットワークを拡充し、EVがより利用しやすくなるような環境づくりへの取り組みも行っています。
脱炭素化に向けてイノベーションに取り組む企業からEV導入を考えたいと聞くことが増えましたが、充電はどうしたらよいか、という話があります。
多数の充電器を設置すると電気契約容量が上がってコストがかさむので避けたいケースや、賃貸物件のように設置することができないケースなど、必ずしもすべての事業者が充電コンセントに車をつなぎっぱなしにできるような環境を整えられるわけではありません。また、充電をすべて公共充電に頼るという場合、日常業務に支障をきたさないよう充電時間を確保するのは大変です。
いずれ近いうちにくる物流のEV化社会にも先立ち、充電課題のソリューションとして「共同利用型の充電設備」ができれば企業がもっとEVを導入しやすくなるのではないか、そう考えたのが今回の社会実験の始まりです。
──候補地はほかにもあったはずですが、なぜ南アルプス市だったのですか。
羽野(東京電力ホールディングスEV推進室) 南アルプス地域は「ユネスコエコパーク」に登録されており、地域の自然資源を活用した持続可能な経済活動を進めるモデル地域にするなど、南アルプス市は環境への意識が非常に高く、持続可能な街づくりへの取り組みが積極的に行われています。
そこで、市役所と接点のある東京電力パワーグリッドの山梨総支社から実証実験への参加を提案したところ、全面的に協力していただけることになり、南アルプス市での実施となりました。
──パワーグリッドの山梨総支社は、南アルプス市に対してだけでなく、実験に参加する企業の勧誘も行ったそうですね。参加者はスムーズに集まったのですか。
高橋(東京電力パワーグリッド山梨総支社) まず、南アルプス市に協力を依頼し、多くの企業や団体をご紹介いただいたのですが、正直いって当初は苦労しました。
実験で利用していただくEVの車種が限定的なことを懸念する企業があったのです。というのも、南アルプス市内は山があるので、営業に使うなら山道にも入っていけるような実証車両よりもう少し小型の車がよく、荷物の運搬などに使うなら逆にもう少し大型なほうがよいという話があり、この車格の部分で条件が合わず、お断りされるケースもありました。
──たしかに車種のバリエーションは、自家用車としても指摘される部分ではあります。そんな苦労もあった末、実験に参加する約20の企業・団体が決まりましたが、日本生命・甲府支社では早くから参加を決められたそうですね。今回の実験のどんなところに意義を感じたのですか。
根津(日本生命甲府支社長) 日本生命には全国に5万名を超える営業職員がおり、その多くが車を利用しています。山梨県内でも12の営業所、330名を超える営業職員がいて、ほぼ全員が車を利用しているため、我々としても少なからず環境に影響を与えているという意識があったのです。日本生命は環境対策に経営方針として取り組むことを発表しEVの導入を進め、脱炭素社会の実現に向けて一企業として協力する必要があるという思いがありました。
充電器を共同利用してみると
──実際に実験に参加した感想についてお聞きします。使い勝手のポイントとして「車」「共同充電器」「アプリ」などがありますが、まずEVの使用感についてはどうでしたか。
矢崎(日本生命甲府支社) とても運転しやすく快適でした。加速に関してはガソリン車以上にスムーズで、またアクセル、ブレーキ、ステアリング操作を車がサポートしてくれる点も助かりました。駐車場に車を入れる際にバックさせるのが苦手と感じる人は多いですが、それも車がアシストしてくれ、アラームの機能などもあってとても安心でした。
ただ、私はお客様と面談するために毎日遠方まで車で出かけるので、その使い方だとほぼ毎日充電しなければなりません。共同利用充電ステーションでバッテリー70〜80%まで急速充電しても、遠方まで出かけると帰りには20%くらいになっていることがあり、1回の充電で走れる航続距離はもっと欲しいと感じました。
バッテリー残量がわずかになると不安なので、共同利用充電ステーションまで行くのではなく、帰社途中にコンビニや道の駅の充電スポットで充電しました。
根津(日本生命甲府支社長) 私は今回の実験では週末だけEVを使ったのですが、同じ印象を受けました。EVにはまだ特殊な車のイメージもありますが、じつは乗用車としてガソリン車以上に扱いやすい。しかし、長距離移動ではやはり航続距離が短いと感じます。
山梨から東京の自宅までは往復240kmの距離があります。満充電にして出かけても、戻ってくるとき0%になる航続距離では、途中で何かあったときのことを考えると心もとない。1回の充電で最低300km、できれば500km走れると業務用車として安心して使えると思います。
──なるほど。航続距離はガソリン車と比較したときの課題としてよく言われます。長距離移動の場合は、公共充電インフラを利用することも必要ですね。アプリで予約を入れる急速充電器の共同利用の仕組みについてはどうですか。
高橋(東京電力パワーグリッド山梨総支社) 私もEVに乗って通勤して共同利用充電ステーションを利用していたのですが、「専有時間帯」という予約枠が設けられていて、私の場合は仕事後の20時から21時の時間帯が週2回、あらかじめ予約されていました。
普段なら20時というのは仕事から帰宅して夕食の支度と片付けが終わったころです。最初はその時間に充電に行くのは負担になるのでは、という不安がありましたが、実際にやってみると次第にルーティン化して対応できるようになりました。ただ、社内のほかの利用者の話を聞くと、「もう少しここを改善してほしい」という声があったのも事実です。
──改善ポイントとは、たとえばどのような部分ですか。
高橋(東京電力パワーグリッド山梨総支社) 業務用車としてEVを使っているので、なかにはスケジュールの都合で自分の専有時間帯に充電に行けない人もいます。その場合のキャンセルの方法がわからなかったり、また、アプリのシステム上は予約枠が埋まっているのに実際に共同利用充電ステーションに行くと誰も充電していなかったりするケースがありました。
アプリの予約システムと充電器本体とは連動していないので、本当にいま充電器が空いているのか、5分後に誰か来ることになっているのかがわからない。利用できる状態なのかどうかもっとわかりやすくなるようにしてほしいという声が利用者から聞かれました。実用化する場合は改善が必要なポイントだと思います。
──アプリで管理することで充電待ち渋滞は回避できますが、別の問題も生じるわけですね。1日の利用者の数はどれくらいなのですか。
羽野(東京電力ホールディングスEV推進室) 5~10台が充電しています。1日にどれくらい利用者はいるのか、利用者からの充電料金収入による採算可能性はどうか、その傾向を調査するのが今回の実験のポイントです。曜日や時間帯により充電料金も変化させたので、その違いによる利用傾向を確認して、充電スケジュールを組み立てる際の参考にします。
南アルプス市から「EV推進の輪」を広げたい
──課題も見つかりましたが、実験は環境にやさしい街としてEVが増えることについて、考えるきっかけとなりました。今後に向けてメッセージをお願いします。
玉田(東京電力パワーグリッド山梨総支社副総支社長) 先ほども話があったように、南アルプス市は環境に対する意識が非常に高い地域です。今回の社会実験に参加していただけたことで、地域のEVへの関心がより高まったのではないかと思っています。
東京電力パワーグリッド山梨総支社として、東京電力グループが地域にどう貢献していけるかを考えたとき、仕事で使う車がEV化していくことは「環境にやさしい街づくり」に対して大きな役割をはたせるのではないでしょうか。実験が南アルプス市から「EV推進の輪」を広げていくきっかけになってくれればと、心からそう思っています。
羽野(東京電力ホールディングスEV推進室) 南アルプス市での社会実験は、業務用車の電動化が進むうえで障壁となる充電環境の課題を解決するためのもので、「充電設備を共同利用すれば地域の事業者がEVを導入しやすくなるのではないか」という仮説のもとで実験を行ってきました。
今回、充電は予約運用で共同利用する実験を行いましたが、いろいろ改善の余地があります。実験参加者からたくさんの貴重なご意見もいただきましたので、その一つひとつを、課題解決のソリューションにつなげていきたい。よいサービスにつなげられるような活動を、今後もしっかりと行っていきたいと考えています。
進む電動化、そして進化し続ける南アルプス市
南アルプス市で行われた実証事業の背景には「MaaS(マース)」という概念があります。
これは「Mobility as a Service」の略で、より便利な移動を実現するサービスの仕組みのこと。データを活用して車の運行の効率化を高め、電動化によって脱炭素もはかっていく取り組みが期待されています。これによって人々の消費行動やライフスタイルは大きく変化し、街づくりやインフラ整備、地域のあり方にも影響を及ぼすといわれています。
EV用急速充電器の共同利用でEVの普及拡大が進み街がどのように変化していくのか、今後も注目していきたいと思います。