2021年1月、「2035年までに新車販売の100%を電動化する」という政府方針が発表されました。EVが普及する一方、今まで大切に乗り続けてきたガソリン車はどうなってしまうのでしょう? そこでひとつのキーワードとなりそうなのが、ガソリン車をEVに変身させてしまう「コンバートEV」というカスタムです。実際にどんな世界なのか、手掛けているプロショップをレポートします。
コンバートEV開発のきっかけはカスタムカーから
「コンバートEV」事業で2021年のグッドデザイン賞金賞を受賞、ブルームバーグでは日本を代表するEVインストーラーとして紹介されたことでも注目されているのが、神奈川県横浜市の「OZモーターズ」です。代表の古川 治さんにお話を伺いました。
「1993年の創業当時から、クルマのカスタマイズをビジネスモデルに展開してきました。エンジン自体を交換するエンジンスワップや、オートマチック車をマニュアル車に改造するといった依頼を引き受けていました。」
アメリカでは「ホットロッド」と呼ばれる、古い自動車を改造して楽しむ文化が根づいていましたが、当時の日本といえば改造イコール違法というイメージが一般的だったとか。そんななか、古川さんは一貫して合法的な改造を行い、そのままの状態で一般公道を走ることを可能にする特殊車検にこだわってきたそうです。
「当時はディーゼル車の排ガスによる大気汚染が問題になっていた頃で、自動車NOx法(NOx:窒素酸化物)に基づく、排ガス浄化装置の取り付けと排ガス検査の仕事も請け負っていました。ただ、そもそも電気自動車なら排ガスって出ないのでは? と思っていたんですよね。」
同時に、環境への意識が生まれたという古川さん。当時アメリカに、ガソリン車をEVに改造するコンバートEVがあることを知り、海外の書籍を読破。EVの啓蒙をしていた「日本EVクラブ」という市民団体にも入会したそうです。
やがて電気自動車である日産リーフと三菱i-MiEVが発売されました。EV時代到来を予見し、得意の合法改造車検のノウハウを武器に、ホンダシティ・カブリオレをEVにコンバート。これがOZモーターズのコンバートEV第1号車となり、数多くのコンバートEVを手掛けるようになっていったのだと振り返ります。
「コンバートEV」を依頼する人ってどんな人?
「弊社にコンバートEVを依頼するのは、会社のオーナーやお医者さんで外国車が多い傾向です。ガソリン車をEVにするというのは、ほとんどすべて作り直しのカスタムオーダーメイドですから、部品も高価で改造にはお金も時間もかかります。
バッテリーに関する安全基準もクリアしなければならず、高度な技術を必要とします。そうなると、ある程度資金に余裕がある方に限られますので、クルマも国産車というよりもポルシェ、ベンツなどのヨーロッパ車をEV化したいとご依頼いただくことが多い印象です。改造価格は最低で600万円からのスタートとなっています。」
数年前までは「え? EV? やっぱりクルマはエンジンの音とガソリンの匂いがしないとね」という方が多かったと語る古川さんですが、最近は脱炭素やEVシフトのニュースが多いこともあり、EVに興味を持って問い合わせをしてくる方が多くなってきたそうです。
バッテリー交換で航続距離が進化する! コンバートEVの魅力
OZモーターズにコンバートEVを依頼する方の要望として最近多いのが、「航続距離を伸ばしたい」というもの。最近ではメーカー製のEVも航続距離がどんどん伸びてきているので、その影響もあるようです。
「私が最初にシティ・カブリオレのEVを製作したとき、200kgの鉛電池を積んで電池容量は7.2kWh。航続距離は30~50km程度でした。今は約200kgのリーフリサイクルバッテリーを積んで30kWh以上。同じ重さでも容量は当時から4~5倍くらい増えています。リーフの62kWhのバッテリーを積めば、コンバートEVでも300km走行が可能になります。その分バッテリーや制御機器が高価になるので、改造費用は800〜1000万円ほどかかるとは思います。」
かつて使用していたバッテリーは鉛、次にリン酸鉄リチウムイオン、今はリーフのリサイクルリチウムイオンをメインで使用しているという古川さん。次は、中国から次世代リン酸鉄バッテリーを輸入して採用したいと考えているそうです。
モーターや電圧、充電も進化するコンバートEV
バッテリーだけではありません、OZモーターズのコンバートEVはモーターも進化しています。
「初期の頃はフォークリフトなどに使われていた、接触ブラシを用いるDCブラシモーターを採用していました。次に、かご型誘導のインダクションモーター。最近では自動車メーカーで最も採用されているIPMモーターがメインですね。」
要望に合わせリーフのモーターを流用することもあるという古川さん。さらに急速充電に対応するために、クルマの電圧も上げているという。
「コンバートEVの電圧は当初48~100Vで製作していました。ただ急速充電をしたいという要望が多いので電圧を上げています。ちなみにメーカーのクルマが360Vなので、最近弊社でも200Vや360Vを採用していまして、これにより急速充電の速度を市販車と同等にすることが可能となります。」
最新の急速充電器に対応するOZモーターズのコンバートEV。新しい急速充電器ができると、取り寄せて解析。クルマに搭載するソフトウェアを最新のものにアップデートさせているのだとか。
コンバートEVの醍醐味は組み合わせ。ベース車、バッテリーは高価格化の傾向に!?
「コンバートEVの醍醐味といえば、バッテリー、モーターなどを自由に組み合わせることと、さらにクルマの性能をアップデートできることではないでしょうか。速いEVにしたければモーターとインバータの組み合わせで可能ですし、航続距離を伸ばしたければ、バッテリーを増やせばOK。今後は技術が進化すれば、さらにエネルギー密度の高いバッテリーが登場するはずです。」
コンバートEVに使うバッテリーに、リーフのリサイクルバッテリーを採用しているOZモーターズ。数年前までは、中古のリーフ自体が安価で、そこから取り出す中古バッテリーの方が価値が高かったため、古川さんは「ニシン&数の子作戦」と例えて笑って話していました。ところが現在は、状況がガラリと変わってしまったのだそうです。
「数年前まではコンバートも安くできましたが、今は中古の日産リーフの世界争奪戦が続いている状況です。これは海外で蓄電池用のリサイクルバッテリー需要が増えてきたことが原因で、クルマの業者オークションは半分以上が海外向けといえるでしょう。」
「日本は走行距離も海外に比べれば極端に少ないですよね。車種を選ばなければ、走行距離2〜3万kmの中古EVが格安で販売されています。また、昔はVWビートルやミニなどが20〜30万円で売られていましたが、今はどのクルマも100万円以上はします。クラシックカーも世界相場と変わらなくなってきて、とても高くなっているのです。」
いろいろ楽しい! OZモーターズの個性派コンバートEVたち
では、ここからはOZモーターズが実際に製作したコンバートEVの一部をご紹介。これまで数十台を手掛けてきた同社ですが、クルマによって個性もいろいろです。
BMW・イセッタ EV
かわいらしいルックスに反し、2ストロークエンジンで煙と音、匂いに悩まされ、始動困難も多発。いざというときに乗れない、と悩みを抱えていたオーナーが普段乗りにと、EV化を決意。バッテリー容量は4kWhでモーター出力は10kWと控えめですが、軽いボディでキビキビ走ります。航続距離は約50km。
ホンダ・シビック タイプR EV
ホンダの部品、ギアや減速機などを製作している武蔵精密工業。鈴鹿8時間耐久ロードレースのスポンサーでも知られている同社の意向を取り入れて製作した一台だとか。EVレース、JEVRA(日本電気自動車レース協会)のコンバートEVクラスに参戦しています。モーターは日産リーフのものですが、インバータを社外製に交換することで、最大200kWものパワーを発生。ちなみに、リーフの最高出力は110~160kWとなっています。
VWビートル・コンバーチブル EV
普段乗りができるEVビートルのコンバーチブルを、というオーダーでベース車探しからOZモーターズで行い、EV化した一台。モーター、インバータは日産リーフのものを流用しています。パワフルでリーフ譲りの静かさが自慢。バッテリーは30kWhで実質的な航続距離は約150km。最高出力は110kW。
ボルボ・アマゾン EV
修理をしてはまた壊れ、の繰り返しで家のカーポートに放置されていたというボルボ・アマゾンをレストア兼EV化。バッテリーは20kWh、IPMモーターを使用して最大出力は100kW。急速充電に対応しており、実質的な航続距離は約100km。
日産 セドリック EV
ネットオークションで購入したというセドリックを、EV雑誌の企画でEV化。上記のアマゾンと同時期にコンバートしたことからモーター、バッテリーなどの仕様は共通。完成後の2年車検もなんなくパスし、日常で故障なく完全なる実用車として使用されています。
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今後のOZモーターズとコンバートEVの世界とは
古川さんはいいます。
「今は一台一台、カスタムオーダーメイドでコンバートEVを製作していますが、近い将来は、ボルトオンでコンバートができるようなキットを、ビートルやクラシックミニ用に製品化しようと思っています。トレーニングを受けた認定工場で安全な取り付けができ、アフターサービスも受けられるような、そうした体制を全国的に確立したいと思っています。」
電気自動車は部品が少なく簡単と思われることがあるそうですが、先のとおりコンバートEVも高電圧となってきているので、安全管理はとても重要なのだとか。古川さんは現在、国内外サプライヤーのEV開発コンサルタントとしても活躍しているそうです。
走行性能やビジュアルを求めるのがこれまでのカスタムの醍醐味でしたが、古いクルマをアップデートしながら大切に乗り続けられるのがコンバートEVという新たなカスタムのカタチ。クルマの楽しみ方の新たな選択肢として、今後大きな注目を集めるかもしれません。