温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」。その実現に向けた取り組みは、企業や個人単体だけでなく、地域一体となった動きとしても始まっています。連載「EVで進化する街」の第2回は、静岡県沼津市ではじまった画期的な試験サービス「グリーン・チャージ・シェアリング(仮称)」を紹介します。
「グリーン・チャージ・シェアリング(仮称)」とは?
「グリーン・チャージ・シェアリング(仮称)」は東京電力ホールディングスが2021年11月1日から静岡県沼津市で試験的にスタートさせた取り組みで、急速充電器を周辺地域の12企業・1団体でシェアする新しいサービスです。
EVの普及に欠かせないのは充電設備。企業が営業活動などで利用する業務車両をEV車両にする場合、充電器の設置スペースの確保や充電器設置工事の費用負担が大きいなど、「自社充電」の確保が難しい場合があります。また、公共充電サービスで急速充電器を利用する場合でも、万一充電渋滞があると業務に支障を来す恐れもあります。
この点が、業務車両をEVに切り替えるネックになり、業務車両にEVを導入したくても導入できない企業が少なくありません。
「グリーン・チャージ・シェアリング(仮称)」は、こうした課題を持つ複数の企業や団体が参加し、専用の急速充電器をシェアするサービスであることから、EV導入のハードルが格段に下がることが期待されています。
実は、今回の取り組みは、2020年11月から2021年2月にかけて、山梨県南アルプス市で実施された実証実験がベースになっています。
南アルプス市での実証実験については、以下の記事で紹介していますので、あわせてご覧ください。
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▶︎「充電器をシェアしてEVをもっと身近に。南アルプス市での新しい取り組み」
カーボンニュートラルなまちづくりにつながる試験サービスの3つのポイント
今回の試験サービスは、単なる法人サービスの枠を超えて「カーボンニュートラルなまちづくり」につながる可能性を秘めています。その3つの内容をそれぞれ説明しましょう。
ポイント①充電する電力には再生可能エネルギー由来の環境価値を100%使用
「カーボンニュートラルなまちの実現」という意味では、もっとも大きなポイントが充電器の電力に再生可能エネルギー由来の環境価値を100%使用している点です。
EV自体は走行中にCO2を排出しませんが、使う電力の電源が天然ガスや石油・石炭などの化石燃料由来であれば、その部分でカーボンフリーとは言えません。
そこで今回使用する試験サービスでは、「グリーン電力証書」を使用することで、充電時においてもカーボンフリーとみなされる試みが行われています。
具体的には充電に利用した電力分の「グリーン電力証書」を取得しています。「グリーン電力証書」とは、太陽光や風力・水力などの自然エネルギーで作られた電気の「化石燃料の削減」や、「CO2を排出しない」といった「環境価値」を取り出し、証書化したものです。
これにより、業務車両にEVを使って走行中のCO2排出量をゼロにするだけでなく、カーボンフリー電力とみなされた電力でEVを充電することによって地域の環境により貢献できます。
ポイント②1台の急速充電器を効率的にシェア
前述のように、試験サービスには沼津市周辺の12企業・1団体が参加し、参加企業・団体が保有していた3台を含めて合計32台のEVが使用されています。
32台のEVを1台の急速充電器でまかなうことができれば、企業の負担を大きく軽減できるでしょう。 そのために、利用者が効率的に充電を予約、実行できるよう専用アプリを活用しています。各企業に割り当てられた時間枠と、参加企業ならだれでも利用できる枠を有効活用し、1時間単位で予約することができます。
この仕組みは南アルプス市の実証実験でも導入されましたが、今回はユーザーインターフェイスを改良して操作性や見やすさを向上させ、当日予約やキャンセルなども簡単に行えるようになっています。
ポイント③企業のランニングコスト削減にも繋がる料金体系
企業が業務車両のEV化を進め、それによって地域がカーボンニュートラルなまちづくりを進めるには、経済性も重要になります。そのため、今回の試験サービスでは「ダイナミック・プライシング」という時間帯別料金が採用されています。
具体的には、曜日や時間帯によって充電料金を6段階に分類し、電力市場価格が低い時間帯、利用者の少ない夜間・土日の料金が相対的に安く設定されています。ホテルや航空券のように需要に応じて価格が変動するのです。
ガソリン車におけるガソリン代同様に、EVの電気代は企業にとっては大きなランニングコスト。業務形態や利用方法に応じて安い時間帯の利用を推奨するなどの工夫をすることで、コスト低減の余地を残していることも、企業が参加しやすいポイントと言えるでしょう。
参加企業にアンケート調査。利用者はどう感じたか?
参加企業の方々は、充電器共同利用の試験サービスに対してどのようなイメージや印象を持っているのでしょうか。今回、試験サービスを利用している12企業・1団体を対象にアンケートを実施。サービスへの不安点や取り組みへの評価を聞きました(複数回答)。
<表>試験サービス利用・アンケート実施企業一覧
・あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
・株式会社関電工
・日本瓦斯株式会社
・日本生命保険相互会社
・沼津市役所
・パナソニック リビング中部株式会社
・株式会社日立システムズフィールドサービス
・三井住友海上火災保険株式会社
・株式会社三菱UFJ銀行
・明電ファシリティサービス株式会社(明電グループ)
・リコージャパン株式会社
・東京電力パワーグリッド株式会社
・東京電力エナジーパートナー株式会社
利用者は「短時間で充電できる」を高評価
アンケートでは、まず参加企業の利用者に「今回の急速充電器の共同利用においてメリットだと共感できる点はどれですか?」と質問し、10項目の選択肢を提示しました。
〈図〉急速充電器の共同利用において感じるメリット
そのうち、もっとも多くの支持を集めたのは「急速充電なので短時間で充電できる」(30人)で、これに「充電の予約ができる」(25人)、「自社敷地内に充電器の設備スペースが不要になる」(18人)、「充電待ち渋滞が発生しない」(17人)が続いています。
アプリの予約は「順番待ちによるロスがない」
〈図〉共同充電器が予約できることについて「便利」と感じた人の割合
次に「共同充電器が予約できることについてどのように感じましたか?」と質問すると、「やや便利」(28人)と答えた利用者がもっとも多く、これに「便利」(18人)、「わからない」(10人)が続いています。
利用者のコメントを見ると「スケジュールが管理しやすい」「充電器の順番待ちによる時間のロスがない」など、アプリによる予約システムに期待する声が多く見られました。
カーボンフリー充電は「環境対策で非常に重要」
〈図〉急速充電器にカーボンフリー電力を使用していることについて「重要」と感じた人の割合
充電用の電力をカーボンフリーとしたことについても「どのように感じますか?」と質問しました。すると、「重要」(25人)、「やや重要」(19人)が全体の7割近くを占める結果となりました。
コメントにも「地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量削減に寄与できる」「EV導入の目的に沿う」「環境対策で非常に重要」と評価する声が多く見られます。
全体として、今回の試験サービスの取り組みに対する利用者の評価は非常にポジティブなものだと言えるでしょう。
当事者に聞くーEV利用で変わる仕事、変わるまち
急速充電器をシェアリングする今回の試験サービスによって、どこまで業務車両のEV化が進み、カーボンニュートラルなまちの実現が近づいてくるのでしょうか。
実際に試験サービスに参加している沼津市役所の大木圭一郎さん、東京電力エナジーパートナー南関東本部の渡辺拓也、田島拓哉に話を聞きました。
もともと環境意識が高い沼津市だからこそ実現できたサービス
──まず沼津市における今回の試験サービスに参加なさろうと思った理由を教えてください。
大木(沼津市役所環境政策課) 沼津市役所は環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」を導入し、その後に独自のマネジメントシステムの運用に移行するなど、省エネルギーの促進と再生可能エネルギーの普及の両輪で地域全体での脱炭素社会の実現に取り組んでいます。
資源化によってごみの減量を図る3分別収集を1975年に全国に先駆けて開始したのも沼津市です。これは「沼津方式」と呼ばれています。このように、もともと沼津市は環境意識が高い地域特性をもっているのです。
そうしたなかで、東京電力さんが沼津郵便局でカーボンニュートラルの実証事業を行うと聞き、地元自治体としてお手伝いしたいと考えて、参加させていただきました。
渡辺(東京電力エナジーパートナー南関東本部) 私は以前から担当する法人顧客を訪問する際の移動手段にEVを使用していまして、充電は夜間に事務所内に設置した普通充電器で行っていました。
しかし、沼津郵便局に急速充電器があれば、経路的に事務所に戻る途中で郵便局に立ち寄り、30分でEVを充電することができます。そうしたことから、シェアリングサービスへ参加させていただきました。
──実際にサービスを利用してみてどのような印象を持ちましたか。利用者目線で感想を教えてください。
大木(沼津市役所環境政策課)まずEVは本当に運転しやすい車だと思いました。環境政策課では天然ガス車を使用していたことがあるのですが、それに比べてEVは走行音が静かで、非常に加速力があります。ほかの職員も、やはり「運転しやすい」と口を揃え、また「エコドライブを意識した運転ができる」という声もありました。
急速充電器の利用についても「簡単に予約ができて使いやすい」という声が多く、私自身、アプリで簡単に予約ができるし、利便性が高いという印象を受けました。
田島(東京電力エナジーパートナー南関東本部) 私は訪問先でお客さまとの面談が長引くことがよくあり、面談後にアプリで予約状況を調べてから自分の時間枠を取っています。当初は混雑して予約したくてもできない時間帯があるのではと心配しましたが、実際にはそんなことはありませんでした。仮にそういう状況になっても翌朝の時間枠をすぐ予約できるので、本当に便利だなと思います。
──業務車両をEVに切り替えて脱炭素社会を実現するにはまだ課題も多いと思いますが、今回の試験サービスのような取り組みをどのように評価しますか。
大木(沼津市役所環境政策課)おそらく、今後は沼津市内でもEVの普及が進んでいくだろうと予測されます。しかし、まだ「敷地内に充電器を設置できない」「充電したくても充電器がない」という声が多いのも事実。今回の試験サービスを機に、EVを充電できる環境を整えていくことが重要ではないかと思っております。
田島(東京電力エナジーパートナー南関東本部) 先日沼津郵便局の共同充電器で充電をしていると、ご高齢の方に「EVってどうなのかな、いいのかな」と話かけられました。こうした試験サービスを通じて、ガソリン車ユーザーにもEVが浸透していくのではないでしょうか。
まず企業が業務車両をEVに切り替え、それを見てガソリン車のユーザーにもEVに対する興味を持っていただく。試験サービスを通じて、沼津市にどんどんEVが普及していくのではないか、と期待しております。
沼津市でのシェアリングサービスは今後も継続していく
CO2排出量を削減するために業務車両をEVに切り替えたいが、充電設備の設置にお悩みの企業の声をよく聞きます。設置ができなくとも必要な時に近場で充電できればよいという企業のEVが一定数集まったとき、選択肢のひとつとなりうるのが、業務スケジュールに適した時間帯に予約充電できる仕組みで運用する急速充電器のシェアリングサービスです。
こうした取り組みで事業における地域のCO2排出量を削減できれば、カーボンニュートラルなまちの実現に確実に近づきます。
「南アルプス市での実証の時は、共同利用していた急速充電器は実験後撤去しましたが、今回は実証終了後も継続して運用したいと考えております。企業様からいろいろなご意見をうかがい、改善ポイントを取り込んでサービスとして沼津市で継続していくことを目指しています」
そう話すのは、今回の試験サービスを行っている東京電力ホールディングスEV推進室の羽野真美です。
EVを導入する複数企業によって一定数のEVが集まるという条件はありますが、今回の沼津市での取り組みをきっかけに、急速充電器のシェアリングサービスが全国に広がっていくかもしれません。このサービスによってカーボンニュートラルなまちづくりがどのように進んでいくか、今後も注目したいと思います。