EVとPHEVの合計販売台数でテスラを抜き世界一になったのが、中国のBYDというメーカーです。高いバッテリー技術を武器に、創業から約30年で世界的EVメーカーに躍り出た新星が、ついに日本に上陸します。モータージャーナリストのまるも亜希子さんが、戦略車ATTO3に試乗します。
「BYD」という名前を初めて聞く人も多いかもしれません。1995年にバッテリーメーカーとして創業し、中国・広東省から世界にその革新的技術を発信するグローバル企業として、自動車、ITエレクトロニクス、新エネルギーといったさまざまな分野で事業を展開しています。実は、EVとPHEVの合計販売台数では世界一(2022年1月~6月累計)。世界6大陸、70超の国と地域、400超の都市でEVとPHEVを展開していて、乗用車だけでなくEVバスやEVトラック、EVフォークリフト、EVトレーラーなども扱っているのです。日本国内でも、EVバスのシェアが7割を超えているというから、もしかすると知らずに乗ったことがあるかもしれないですね。
そんなBYDが日本で初めて販売する乗用車は、もちろんEVです。セダン、コンパクトカー、ミドルSUVの導入を計画しており、その先陣を切って2023年1月の発売を予定しているのが、ミドルSUVのATTO3(アットスリー)。今回試乗したのはプロトタイプで、日本仕様はインフォテインメントなどの最終調整中とのことですが、BYDの最新テクノロジーを結集したというATTO3の世界観をお届けしたいと思います。
●Check1:エコノミカル
メーカーが自信を覗かせる、高いバッテリー性能
大型の釘を突き刺しても発火せず、表面温度もほぼ変わらないという、厳しい安全性能試験をクリアした、BYD独自開発のリン酸鉄リチウムイオン電池「ブレードバッテリー」。ATTO3にはこれを58.56kWhの容量で搭載し、航続距離は485km(WLTC自社測定値)を達成しています。普通充電と急速充電に対応していますが、充電時間の目安は、CHAdeMoでの検証中のため未発表となっています。
ただ、バッテリー性能に関しては「距離を延ばせば延ばすほど違いが出てくると思います」と自信たっぷり。充電時の効率や耐久性、安定的な充電速度の肝となるバッテリーの温度管理では、他ブランドとは一線を画すアプローチで開発。エアコンの冷媒を使った直冷方式のバッテリーマネジメントシステムで、徹底して温度と容量を管理することで、一般的には80%程度充電されると急激に電気が入る速度が遅くなるところを、最後までスムーズに入るように管理するのがBYDならではだといいます。
具体的な金額は正式発表を待って計算することになりますが、外部での充電器は基本的に時間単位での支払いになるので、早く大量に充電できる方がコストはお得になるはず。ATTO3は、ほかのEVよりも電気代が抑えられる可能性が高いと考えられます。
また充電口が右フロントフェンダーにあるので、これから自宅に充電器を設置する場合には、使いやすい位置を考慮するといいですね。EVに蓄えられた大容量バッテリーの電力を自宅でも使えるようにするV2Hにも対応予定だとか。
●Check2:プライス
日本では未発表。480万円~500万円と予想?
現時点で日本での販売価格は未発表ですが、すでにシンガポールやオーストラリアで発売されており、ある程度の予想は可能です。例えばオーストラリアでは、バッテリー容量が2タイプあり、大きい方の60.4kWhモデルで5万250ドル程度。円安でオーストラリアドルが96.41円(2022年9月14日時点)となるため、日本円にすると484万円ほどになります。日本では、バッテリー容量は1つに絞り、装備を充実させてほぼモノグレードとする予定とのことなので、やはり480万円~500万円ほどになるのではと予想されます。購入プランは通常のクレジットに加え、残価設定ローンやサブスクリプションプランを用意するそう。
また、BYD Auto Japanでは購入後のアフターサービスについても、手厚くサポートする体制を構築中とのこと。サポートプログラムを用意するのはもちろん、充電カードや保証制度、エマージェンシー・サービスも用意され、万が一、故障などが起こった際に、注文してから翌日に届く部品を98%にすることを目標としているとのこと。また、BYD独自のサービスを付加したブランド保険(任意保険)も準備しているそうです。2025年までに実店舗を100店にすることを目指し、近日中に、神奈川県内に拠点となるトレーニングセンターを設ける予定です。テスラやヒョンデと異なり、実店舗を多数展開する戦略には今後注目ですね。
●Check3:ユーティリティ
日本人による設計で、使い勝手◎。ラゲッジも大容量
全長4455mm、全幅1875mm、全高1615mmと、日本の道でも扱いやすいボディサイズのATTO3は、エッジの効いたボディラインを持つデザインがスタイリッシュ。実はこのボディの金型は、日本の技術者が設計・製作したもので、高精度なドアパネルやフェンダーパネルが見どころとなっています。
ドアを開けると、まず驚くのが独創的なインテリア。縦にバーが並んだエアコンルーバーや、トレーニングギアのようなモチーフ、筋肉を想起させるパネルなど、スポーツジムをイメージした空間となっているのです。ドアにはギターの弦のような装飾もあり、仕立ての上質さと遊び心が融合した、ほかにはないデザインだと感じます。
中央に置かれた12.8インチの大きな液晶パネルは、通常は横置きですが、スイッチを押せばクルリと電動で90度回転して縦置きにチェンジ。ナビゲーション作動中などはその方が見やすくなるので、こまやかな心遣いに感心します。収納スペースもあちこちに設けられ、ラゲッジは440Lの大容量。
シートが6:4分割で前倒しでき、フラットで大きなスペースに拡大します。EVは床下にバッテリーを搭載するため、フロアが高くなってしまうモデルもあるのですが、ATTO3のブレードバッテリーは空間利用率が高いため、かさばることなく搭載できるのがポイント。そのため人や荷物の空間を犠牲にせず、荷室のフロアも低い設計で使いやすくなっています。女性でも扱いやすそうです。
●Check4:エモーショナル
ウインカーは日本仕様。調整中ながら、走りは好感触
運転席に座り、まず感じるのは程よくフィットするシートや広い視界による安心感。150kW(約204ps)の出力と310Nmのトルクが生み出す走りは、発進からなめらかで余裕があるのは想像通りですが、SUVなのに走り出すとスッと路面を捉えて沈み込み、まるでセダンを運転しているような不思議な感覚に驚きました。
これは、EV専用に開発した「e-platform3.0」というプラットフォームが大きな役割を果たしています。ブレードバッテリーと、8つのモジュールを集約した「8in1 パワーシステムアッセンブリー」を採用し、低重心かつフラットな床面を実現しており、それが走行性能の良さにも効いているといいます。
今回はプロトタイプで一般道のみ短時間の試乗のため、高速道路を走ることは叶いませんでしたが、少しくらいの路面のギャップも上手にいなし、上質な乗り心地を実感することはできました。また、輸入車では珍しくウインカーレバーが日本車同様にハンドルの右側にあるので、日本車からの乗り換えでも馴染みやすいはず。
日本仕様のセッティングはまだ煮詰めている最中とのことなので、正式発表でどう仕上がってくるのかが楽しみです。
この先も新型が続々登場予定。中国メーカーは日本市場を変える?
初めてATTO3の姿を見た時に、日本車にはない感性に新鮮さを覚えつつも、どこかにシンパシーを感じるような、不思議な感覚に浸れました。BYDが自動車事業に参入したのは2003年のことですが、わずか5年で世界初の量産型PHEVを発表、翌年にはEVの量産も開始しており、中国では9年連続でEV・PHEV売上No.1を達成する実力派。確かなバッテリー技術とEV専用プラットフォームを核にして、丁寧かつ革新的なEVをつくり上げてきたことを、使い勝手や走りからも実感することができました。
日本ではEVバスやEVフォークリフトなどで実績を積み上げてきており、乗用車ではさらにきめ細かく、充実したアフターサービス体制も構築中とのことなので、その点で信頼を得られるかどうかがカギと言えるのではないでしょうか。2023年1月頃に販売開始予定のATTO3に続き、2023年中頃にはコンパクトEVの「DOLPHIN(ドルフィン)」、下期にはハイエンドEVセダンの「SEAL(シール)」の発売も予定されており、とても楽しみ。
まだまだ未知の部分が多いものの、試乗車のポテンシャルを見るとかなり期待できそう。躍進する中国メーカーが日本市場でどんなインパクトをもたらすか、そして私たちのカーライフをどう変えてくれるのか、楽しみでもあります。
●家庭と暮らしのハマり度 総合評価
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「連載:モータージャーナリスト・まるも亜希子の私と暮らしにハマるクルマ」
※本記事の内容は公開日時点の情報となります。
この記事の監修者
まるも 亜希子
カーライフ・ジャーナリスト。映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、モータースポーツに参戦するほか、安全運転インストラクターなども務める。06年より日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。女性パワーでクルマ社会を元気にする「ピンク・ホイール・プロジェクト」代表として、経済産業省との共同プロジェクトや東京モーターショーでのシンポジウム開催経験もある。