内燃エンジンのイメージの強いBMWですが、次世代に向けての取り組みもぬかりはありません。2021年から矢継ぎ早に投入された「BMW i」ブランドのなかでも、iX M60は特別な存在。圧倒的なパフォーマンスを、モータージャーナリストの岡本幸一郎さんがレポートします。
BMWでは自社のSUVであるXモデルを「SAV(=Sport Activity Vehicle)」と呼んでいるが、そのSAVをベースに、コンセプト、デザイン、パワートレインのすべてにおいて、BMWが次世代を見据えて開発したのがiXだ。サステイナブル(持続可能性)を追求し、電気モーターと大容量のリチウムイオン電池により長距離走行を可能とした次世代EVであり、「iX M60」はBMWが誇る「M」を冠したモデル名が示すとおり、その最強版となる。
BMW iにおける、頂点の中の頂点
持続可能性を追求した次世代モビリティを手がけるBMWのサブブランドとして、「BMW i」は2011年に始動した。「i」は「innovation(=革新)」の頭文字に由来する。ほどなく公開され、てっきりコンセプトカーにとどまると思われていた「i8」と「i3」が市販されたことにはみな驚いたものだ。
以降は長らくBMW iとしては音沙汰がなかったのだが、2021年にいきなり「i」を車名に冠するニューモデルがいくつも出てきた。そのフラッグシップとなるのが「iX」だ。車名に数字がつかないのは、BMW iの象徴的存在として数字を名乗る必要がないからだと認識いただいてよいだろう。
そのiXの発売時には「xDrive40」と「xDrive50」の2種類だったところに少し遅れて加わった「M60」は、名前のとおりBMWの中でも特別な高性能版であるMモデルの一員である。BMW iの頂点に位置するiXの中でも頂点であるとともに、最初からピュアEVモビリティとして設計された初のBMW Mモデルでもある。
先進性と独創性、そして機能性
ボディサイズはかなり大柄で、凹凸のない印象的なフロントフェイスが目に焼き付いて離れない。誰の目にもインパクトがあるようで、乗っているとかなり目で追われる。
MモデルであるM60ならなおのこと、スポーティに仕立てられたルックスはよりいっそう存在感がある。ボンネットはもはや開ける必要はないからと開かないようにされていて、ウォッシャー液の補充のみエンブレム部分が開いて注入できるようになっている。
ドアを開けると開口部の周囲がカーボンであることがわかる。アルミスペースフレームとカーボンファイバー強化プラスチック(CFRP:以下「カーボン」)製ケージとスチールを適宜組み合わせているのも特徴で、これにより高剛性と軽量化、優れた安全性を並立させている。
広々とした車内には、先進性と独創性と機能性が巧みに共存している。ユニークな形状のダッシュには、製造に手間のかかる大きなカーブド・ディスプレイがさりげなく配されているほか、2本スポークの変形ステアリングホイールに加え、輝くクリスタルなシート調整スイッチやシフトセレクターなども目を引く。
座面からサイド面までキルティング柄としたシートの凝ったデザインも印象的だ。
インフォテイメント系も刷新され、機能面でも大きな進化をはたしている。物理スイッチを減らしつつも直感的に使えるよう、たとえば空調に関するものは常に手前とするなど、ディスプレイに表示される階層が工夫されているほか、もはや他に必要ないくらい音声対話機能も充実していて驚いた。
大容量のバッテリーと、圧倒的な航続距離
日差しが強いときには、頭上のスイッチに触れるとガラスルーフが曇りガラスに。寒い時期にはできるだけ暖房を使わずにすむよう、シートヒーターやステアリングヒーターだけでなく、前後ドアパネルやセンターコンソール、ダッシュ下部の膝周辺などを温める表面加熱技術により電力の消費を抑えている。
バッテリーは大容量で111.5kWhを搭載する。普通充電のほか、CHAdeMO方式の急速充電に対応する。90kWの充電器なら、充電開始時0%の状態から約80%まで約75分で急速充電可能だ。また自宅にBMWウォールボックス(6.4kW:200V/32A)を備え付ければ、約19.5時間で0%から100%まで満充電できるという。しかも、600km超のWLTCモード航続距離を実現しているのだからいうことなしだ。
“駆けぬける歓び”はたしかにあった
走りの仕上がりも、あまりに素晴らしくて感心せずにいられなかった。システム最高出力が619ps、同最大トルクが1015Nmといえば、それはもう速さは推して知るべし。ローンチモードで踏み込むと、とてつもない速さを披露する。パンチが効いていながらも繊細で伸びやか。加速フィールにあたかも伝統のストレートシックスの吹き上がりにも似たものを感じさせるあたり、おそらくBMWの開発陣も意識したのではないかと思う。
走りにあわせてオーディオのスピーカーから発せられる「アイコニック・サウンド・エレクトリック」による演出も面白い。これは“駆けぬける歓び”を音の効果でも体感できるようにするため、アカデミー賞やゴールデングローブ賞、グラミー賞など数多くの受賞経験を持つ著名なドイツ出身の映画音楽作曲家であるハンス・ジマー氏が手がけたものだ。起動時のドーンと響く音に始まり、走り方によって変化する、まるで映画に出てくる未来の乗り物のようなサウンドは、本来は無音のEVをエンターテインメント空間にしている。そのあまりに巧みな表現は、あたかも人工の生命体のようにすら感じられるほどだ。
フットワークの仕上がりも絶品だ。乗り心地がよく、とてもこれほど大柄で車両重量が2600kgもあるとは思えないほど身のこなしが軽やかで一体感もあり、“駆けぬける歓び”に満ちている。
これには、諸々のチューニングはもちろんとして、後輪も積極的に操舵させる「インテグレイテッド・アクティブ・ステアリング」も効いているに違いない。低速域では後輪を最大で3.2°も前輪と逆方向に操舵することで、回頭性を高める。逆に高速域では後輪を最大で2°前輪と同じ方向に操舵することで、ワインディングでは安定したターンインを、高速ではスムーズなレーンチェンジを実現する、というものだ。これにより横Gの立ち上がりがマイルドになるおかげで後席の乗り心地も向上している。
至れり尽くせり。スペックから見ればお買い得感も
乗り心地には標準装備の「アダプティブ・エア・サスペンション」はもちろん、カーボン製のケージが効いているに違いない。カーボンフレームの自転車に乗ったことのある人ならなおよくわかると思うが、路面からの衝撃や振動を吸収する感覚にカーボン独特の減衰感があり、乗員に硬さを感じさせない。圧倒的な走行性能に加えて、そんなやさしさまで持ち合わせているわけだ。
これほど充実した内容なら、てっきり価格は2000万円級に達しているものと思っていたら、意外やそれほど高くないことにも驚いた。電動化してもゆるぎない“駆けぬける歓び”は、移動体験をエキサイティングなものにしてくれるだろう。いやむしろ内燃エンジンではマネできない、他のメーカーにもマネのできない、特別な体験をさせてくれるクルマといえる。
〈スペック表〉
全長×全幅×全高 | 4955mm×1965mm×1695mm |
ホイールベース | 3000mm |
車両重量 | 2600kg |
バッテリー容量 | 111.5kWh |
フロントモーター最高出力 | 190kW(258ps)/8000rpm |
フロントモーター最大トルク | 365Nm/0-5000rpm |
リアモーター最高出力 | 360kW(490ps)/13000rpm |
リアモーター最大トルク | 650Nm/0-5000rpm |
システム最高出力 | 619ps(455kW) |
システム最大トルク | 1015Nm(スポーツモードでは1100Nm) |
一充電走行距離 | 615km(WLTCモード) |
駆動方式 | 4WD |
最高速度 | 250km/h |
0-100km/h加速 | 3.8秒 |
税込車両価格 | 1740万円 |
〈ギャラリー〉
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