「EVはタイヤが摩耗しやすい」は本当か?タイヤメーカーに聞いてみた

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【連載:EVのウソ・ホントVol.1】電気自動車(EV)にはさまざまな誤解があり、ウソかホントかわからない話が広がることがよくあります。そうした真偽不明の情報を検証する連載「EVのウソ・ホント」。第1回目のテーマは「『EVはタイヤが摩耗しやすい』は本当か?」です。EVはガソリン車に比べてタイヤの摩耗が早いという情報の真偽を大手タイヤメーカーに聞いてみました。

 

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巷で囁かれる「EVはタイヤが摩耗しやすい」説

タイヤ写真

画像:iStock.com/webphotographeer

 

車両の前後左右についた4本のタイヤは車にとって不可欠なパーツです。「走る」「止まる」「曲がる」という車の基本性能に関わる3つの要素をすべてタイヤが担っているからです。

このタイヤについて気になる話があります。それは巷で囁かれている「EVはタイヤが摩耗しやすい」という説です。なかでも、2024年1月に米紙「マイアミヘラルド」がフロリダ州の修理業者の話として、EVはタイヤの摩耗が早く、ガソリン車の4分の1から5分の1の走行距離でタイヤ交換が必要になるなどと報じた記事1)は、日本でも多くのメディアに引用されて話題になりました。

タイヤ交換時期の目安となる走行距離は、乗り方や車種、走行条件にもよりますが、一般的に標準装着タイヤで5万km程度とされています。仮に5万kmとした場合、ガソリン車の4分の1の走行距離なら、EVは1万2500kmでタイヤ交換しなければならなくなります。ガソリン車の5分の1なら1万kmです。

しかし、タイヤの耐摩耗性にEVとガソリン車でそれほど大きな差があるとはにわかには信じられない話です。「EVはタイヤが摩耗しやすい」というのは、どこまで本当なのでしょうか。

 

 

根拠は「車両重量の重さ」「トルクの特性」の2点

車の写真

画像:iStock.com/PhonlamaiPhoto

まず「EVはガソリン車に比べてタイヤが摩耗しやすい」という説が出てきた根拠について、2つのポイントから考えてみます。

ポイントのひとつは「車両重量」です。EVは大容量の駆動用バッテリーをフロア下に搭載していますが、このバッテリーは非常に重く、同クラスのガソリン車に比べて車両重量がかさみます。

実際に同クラスのガソリン車とEVの車両重量を比べてみると、日産の軽自動車「デイズ」でもっとも重い「ハイウェイスターGターボ プロパイロット エディション」が940kgなのに対し2)、日産の軽自動車のEV「サクラ」はもっとも軽い「X」グレードでも1070kgと3)、両車種には最低でも130kgの重量差があります。

また、エンジン車とEVの両方をラインナップするマツダ「MX-30」で比較しても、ガソリン車でもっとも重い4WDモデルが1520kgなのに対し、EVモデルは1650kgと4)、こちらも130kgの重量差があります。

車両重量が重いEVはその分大きな荷重がタイヤにかかり、「タイヤの摩耗が早くなる可能性がある」と考えることができます。

さらに、「トルク」もポイントです。EVが搭載するモーターとエンジンとではパワーが出る特性が異なり、トルクの特性も異なります。エンジンは高回転時に大きなトルクが発生しますが、モーターは低回転から大きなトルクを発生し、ガソリン車に比べて加速性能に優れています。このトルク特性により「タイヤの摩耗が早くなる可能性がある」と考えることもできます。

こうした車両重量の重さやトルクの特性はタイヤの耐摩耗性にどんな影響を与えるのでしょうか。世界のタイヤ市場でシェア上位を占める大手タイヤメーカーにズバリ聞いてみました。

 

 

 

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摩耗しやすい説へのタイヤメーカーの見解は?

タイヤショップのイメージ写真

画像:iStock.com/greenleaf123

最初に話を聞いたのは日本を代表するタイヤメーカーのブリヂストンです。ブリヂストンではEVの装着タイヤにそうした声があることは認識しているようで、「EVはタイヤの摩耗が早いというのは本当ですか?」と聞くと次のように回答してくれました。

 

ブリヂストン広報部

ガソリン車対比、電気自動車の重量、トルクが増すことでタイヤの摩耗量への影響の可能性を認識しており、実際のユーザーや販売店への調査、使用済みタイヤの現物確認などを各市場で進めています。

 

ということは、ガソリン車に比べて車両重量が重くトルクの大きいEVは、その分タイヤの摩耗が早くなるというのは事実なのでしょうか。それに対するブリヂストンの回答が以下です。

 

ブリヂストン広報部

車両重量が重いとタイヤの摩耗寿命に不利に働くのは事実です。また、トルクが増すことでタイヤの摩耗寿命に不利に働くのも事実です。ただし摩耗が早くなるかどうかは、車両や走行条件によって違ってきますので一概には申し上げられません。

 

重量やトルクがタイヤの耐摩耗性に影響を与えるのは確かであるものの、摩耗が早くなるとは一概には言えないようです。

しかし、これでは「EVはタイヤが摩耗しやすい」という指摘の真偽がわからないままです。そこで、次にフランスの大手タイヤメーカー、ミシュランタイヤにも同じ質問をしてみました。

 

日本ミシュランタイヤ広報部

車両重量が重ければその分タイヤが摩耗しやすい傾向にあるのは物理的に確かで、タイヤというのは性質上、タイヤにかかる荷重が高ければ高いほど摩耗が早くなります。一般的にタイヤの特性として、荷重が10%増えると摩耗度も10%増します。

 

やはり車重がタイヤの耐摩耗性に影響するのは間違いないようですが、問題は「EVはタイヤが摩耗しやすいかどうか」です。

EVにもさまざまな車種があり、ひと括りにして「摩耗が早い」とはいえないそうですが、指標となる数値はあるといいます。

 

日本ミシュランタイヤ広報部

同じコンパウンド(注:トレッド部に使用される複合ゴム)のタイヤを使用した場合、BEVではエンジン車と比較してタイヤの耐摩耗性能が20〜40%悪化することが考えられます。これはミシュランタイヤ調べの平均値であり、ひとつの指標です。

 

どうやら、EVとガソリン車の摩耗度を比較すると、車両重量が重くなるEVのほうが相対的にタイヤが摩耗しやすいというのは事実のようです。

 

 

摩耗が「ガソリン車の4〜5倍早い」は誤り

タイヤが並んでいる写真

画像:iStock.com/santiphotois

 

しかし、だからといって、EVのタイヤが指摘されるほど極端に摩耗しやすいかというと、けっしてそんなことはありません。

先ほどと同じようにタイヤの交換時期の目安を走行距離5万kmとした場合、ミシュランタイヤの指標であるマイナス20%を当てはめると4万kmです。もっともタイヤが摩耗する場合のマイナス40%でも、タイヤ交換時期の目安は3万kmとなります。

冒頭で紹介した米紙の記事では、タイヤ交換が必要になるEVの走行距離はガソリン車の4分の1から5分の1、つまりガソリン車の4〜5倍早くタイヤが摩耗するとのことでしたから、世間でいわれているほどタイヤが摩耗しやすいわけではないのです。

 

日本ミシュランタイヤ広報部

BEVに荷重増による耐摩耗性能の悪化が考えられるのは事実ですが、エンジン車の4〜5倍も早くタイヤが摩耗するというのは、少なくともミシュランタイヤとして想定していません。一般のBEVユーザーの方はそのような心配をなさらなくて大丈夫です。

 

そもそも「EVはタイヤが摩耗しやすい」という指摘の根拠には、前述のように車両重量の重さやトルクの特性などがありますが、日本ミシュランタイヤによると、荷重とトルクを比較した場合、耐摩耗性能に与える影響は荷重のほうが大きいといいます。

トルクの特性によるタイヤの摩耗度は個々のドライバーの運転スタイルの影響が大きく、EVに乗るからといってドライバーの運転スタイルが大きく変化するとはかぎらないからです。

「車両重量が重い=タイヤが減るのが早い」ということなら、それはEVだけに当てはまる話ではないはずです。たとえば、排気量1.5Lのコンパクトカーと3.0Lの大型車を比較した場合、後者のほうが車両重量が重いのでタイヤの耐摩耗性が悪化する傾向となります。

すると、排気量の大きいセダンやSUVなどは1.5Lのコンパクトカーと比べてタイヤが摩耗しやすいことになりますが、そのような話がメディアやユーザーの間で話題になることはほとんどありません。そう考えると、「EVはタイヤが摩耗しやすい」という話はウソではないものの、どこか偏った情報ともいえるでしょう。

 

 

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EVユーザーのタイヤ選びでもっとも大切なポイント

タイヤの写真

画像:iStock.com/bigtunaonline

 

ただし、EVはタイヤが摩耗しやすいのは事実ですから、ハンドルを据え切りにしたり、急発進や急ブレーキをしないようにしたりするのはもちろんのこと、交換時のタイヤ選びも重要です。

 たとえば、日本ミシュランタイヤでは「高荷重対応」「耐摩耗性能」といったEVに要求される性能を付加価値として高めた商品を展開しています。ブリヂストンも、現在は北米市場専用商品となっていますが、EV対応の「TURANZA EV」を販売しています。

ミシュランタイヤの写真

ミシュランタイヤが販売する電動車用タイヤ「MICHELIN e・PRIMACY」(左)と「MICHELIN PILOT SPORT EV」(右)。画像:日本ミシュランタイヤ

 

もっとも、EVのタイヤに求められるのは耐摩耗性能だけではありません。「高荷重対応」「耐摩耗性能」のほか、より長距離を走ることのできる「低転がり抵抗(低電費性能)」、そして走行音が静かなEVならではの車内外の「低騒音」も重要なポイントです。

EVが登場した当初、装着タイヤにもっとも求められた性能は低転がり抵抗でした。そうした要求がEVの導入が進むにしたがって増え、現在は「EVはタイヤが摩耗しやすいから耐摩耗性能をもっと向上させてほしい」といった声が出てきているわけです。

このようにEVに求められる性能が多岐にわたる現在は、トータルバランスに優れたタイヤを選ぶことが大切です。たとえば、タイヤの減りが早いからといって耐摩耗性だけを基準にタイヤを選ぶと「グリップ力が低下した」という不満が生じかねません。逆にグリップ力を基準に選ぶと「減りが早い」となります。

EVユーザー、ガソリン車ユーザーにかかわらず、タイヤ交換ではひとつの性能を基準にせず、高い水準でトータルバランスに優れたタイヤを選ぶ──。それがベストな選択になるはずです。

※本記事の内容は公開日時点での情報となります

 

 

この記事の監修者
鈴木 ケンイチ
鈴木 ケンイチ

1966年生まれ。茨城県出身。國學院大学経済学部卒業後、雑誌編集者を経て独立。レース経験あり。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。