「猛暑になるとEVは使えない」は本当か?メーカーの開発者に聞いてみた

「猛暑になるとEVは使えない」は本当か?

【連載:EVのウソ・ホントVol.2】電気自動車(EV)にまつわる噂話を検証していく本連載。第2回目のテーマは、暑さとEVの関係についてです。猛暑になると、バッテリーの温度上昇が原因でEVが使いづらくなるというのですが、どこまで本当なのでしょうか。メーカーの開発者に情報の真偽を聞いてみました。

 

EV充電設備

 

毎年夏にネットを賑わす「EVの猛暑リスク」

気温35度

画像:iStock.com/Marc Bruxelle

 

梅雨が明けると暑い夏がやってきます。気象庁は最高気温30℃以上の日を真夏日、35℃以上の日を猛暑日と定義していますが、2023年の夏は平均気温が統計開始以降で最高となり、東京では真夏日が過去最長の64日間も続きました。猛暑日は22日間で、こちらも過去最多です1)。2024年の夏も猛暑が予想され、2023年に匹敵するような暑さになる可能性があるとされています2)

そうなると、EV購入検討者やEVユーザーのなかには心配になる人もいることでしょう。というのも、暑い夏が到来すると「暑さのせいでEVの充電ができない」「いつもより航続距離が短くなった」「バッテリーが劣化する」といった情報がネット上を賑わすことが多くなるからです。「EVには猛暑が大きなリスクになる」などと報じるメディアもあります。

たしかに、EVが搭載するリチウムイオンバッテリーは人肌ぐらいの温度環境がもっとも性能を発揮しやすく、熱には弱いとされます。しかし、だからといってこれらの話がすべて正しいとはかぎりません。夏本番を前に検証しておく必要があります。

 

 

 

猛暑になるとEVは使えない説の3つの根拠

運転席で驚く女性

画像:iStock.com/Istockexstock

 

まず「猛暑になるとEVは使えない」説の要点を整理しておきましょう。最初のポイントは「暑さで充電されにくくなる」という説です。10年近く前のものですが、口コミサイトを見ると、たしかに以下のようなEVユーザーによる書き込みがありました(個人の特定を避けるため、文意を要約しています)。

 

外気温は35℃程度。高速道路を100kmほど走行して急速充電したところ、バッテリー温度が上がり出力制限マークが表示されました。充電スピードが悪くなり、次のサービスエリアまでたどり着けない程度の電気しか充電できません。これでは高速道路を経路充電しながら走り続けるのは難しい。

 

こうした声は初期型EVのオーナーに多く、実際に日産「リーフ」の取扱説明書の「充電できないときの対処法」を見ると、バッテリーの温度が極端に高いと急速充電できない場合があると書いてあります3)。充電器側の問題もあるため一概にいえませんが、車種によって猛暑日は充電されにくくなる可能性がありそうです。

次のポイントは「航続距離が短くなる」という説です。猛暑日のように外気温が高い日はエアコン(冷房)を使うのが一般的で、エアコンを使用すればEVの消費電力がその分大きくなり、SOC(充電率)が低下して航続距離が短くなる可能性が考えられます。

 

日産「サクラ」のエアコン操作パネル

日産「サクラ」のエアコン操作パネル(画像:日産自動車)

 

そして、最後のポイントが「バッテリーが劣化する」という説です。外気温が高い日に充電されにくくなるのが本当なら、外出先で急速充電を何度も繰り返すことになり、その結果バッテリーが劣化するという理屈です。実際にEVユーザーのなかには「この夏だけでバッテリーが数%劣化するかもしれない」と心配する人もいます。

こうした「猛暑になるとEVは使えない」説はどこまで本当なのでしょうか。メーカーのEV開発者にスバリ聞いてみました。

 

 

 

EV充電設備

 

EVの猛暑リスクに対する開発者の見解は?

日産自動車 EVセグメント車両開発主管 磯部博樹さん

2020年7月、ワールドプレミアされた「アリア」の前で写真に収まる磯部さん(画像:日産自動車)

話を聞いたのは、日産自動車で「リーフ」や「アリア」の車両開発を担当するEVセグメント車両開発主管、磯部博樹さんです。

磯部さんによると、猛暑日などの外気温が高い日は充電などで加熱したバッテリーの温度が下がりにくくなるといい、「使い方によっては充電されにくいケースがあるのは事実」だそうです。

 

■磯部さん(日産自動車)コメント

外気温が高い日に東京から名古屋まで高速道路を使って電気自動車で向かうケースを考えてみましょう。出発時に公共充電スポットの急速充電器で充電を行い、高速道路を制限速度いっぱいの時速120kmなどで走行。その後、静岡あたりで2回目の急速充電を行うとします。この場合、冷却機能がない電気自動車では1回目の急速充電と高出力の走行によってバッテリーの温度が上昇したままの状態で充電することになりますから、充電されにくくなると考えられます。

 

ただし、出発前に自宅や職場などの普通充電器で満充電にしておけば、バッテリーの温度が低い状態で走行できるため、途中で急速充電を行っても充電されにくい状態にならないといいます。つまり、バッテリーの温度が上昇しないような使い方をすれば、猛暑日でも充電されにくい状態にはならないということです。

さらに、磯部さんによれば、国産車・輸入車を含めて多くのEVはバッテリーの発熱を抑える冷却システムを搭載しており、走行中にバッテリーが冷却されるため、急速充電の際に充電されにくいといったケースはかなり少なくなったといいます。

 

■磯部さん(日産自動車)コメント

弊社の「サクラ」や「アリア」をはじめ、現在の電気自動車はバッテリーの冷却性能が向上し、ドイツのアウトバーンを高速で巡航するような使い方をしても温度が下がるように設計されています。たしかに、バッテリーの水冷式冷却機能を搭載していない「リーフ」は使い方によって急速充電されにくくなる可能性がありますが、「猛暑だから充電されない」ということはほとんど起きないと考えていただいて大丈夫です。

 

一方、「猛暑で航続距離が短くなる」説に関しては、「猛暑だから航続距離が短くなるわけではない」と磯部さんはいいます。

 

■磯部さん(日産自動車)コメント

重要なのは外気温と室内温度のデルタ(差分)です。たとえば、外気温が35℃で室内を25℃にする場合、温度差は10℃になります。温度を10℃下げるのに必要なエネルギーの分だけ、航続距離も短くなります。猛暑かどうかではなく、外気温と室内温度の差が大きいとその分電費が悪くなると理解してください。

 

たしかに、EVの航続距離が短くなる傾向があるのは、どちらかというと夏の暑い日ではなく冬の寒い日です。真冬の朝は気温が0℃前後まで下がりますが、その場合、EVの室内を22〜23℃に設定すると差分も22〜23℃になります。それだけ気温差があるとエアコンの消費電力が大きくなり、航続距離も短くなりがちです。

その意味では、「猛暑だから航続距離が短くなる」というのは一種のミスリードといえるでしょう。猛暑だから、真冬だから、航続距離が短くなるのではなく、正しくは外気温とEVの室内温度の差が大きいから電費が悪化し航続距離が短くなるというわけです。

もうひとつの「バッテリーが劣化する」説にいたっては、EVに対するユーザーの不安感の表れにすぎない可能性があります。

 

■磯部さん(日産自動車)コメント

先ほどの猛暑で充電されにくいケースがなぜ起きるのかというと、バッテリーを保護するために充電の出力を下げているからです。劣化が進むどころか、バッテリー寿命をなるべく長くするためにあえて出力を下げているのです。猛暑で外気温が上昇したからといって、バッテリーが劣化することはありません。

 

もちろん、短い間に急速充電を繰り返すなどすれば理論的にはバッテリー温度が上昇し、劣化が進む可能性があります。とはいえ、そうした事態を避けるために充電出力を意図的に抑えているわけですから、これも杞憂といえるかもしれません。

 

 

EVのネガティブな部分が悪目立ちする理由

燃料ノズルと電気自動車の充電器プラグ

画像:iStock.com/algre

 

そもそも、猛暑日などの外気温が高い日に航続距離が短くなるのはガソリン車も同じです。ガソリン車はエンジンの力でエアコンのコンプレッサーを回すため、冷房を使うと余計に燃料を燃焼させなければならなくなり、その分だけ燃費が悪化します。

真夏に燃費(電費)が悪くなるという意味では、EVであろうとガソリン車であろうと同じ現象が起きるのです。それではなぜEVのリスクばかりが問題になるのかというと、「EVのほうがガソリン車よりも効率がいいからです」と磯部さんはいいます。

燃料がもつエネルギーをどれだけ動力として取り出せるかを示す指標を「変換効率」といい、ガソリン車の場合、変換効率は最大で40%程度です。これはエネルギーの40%しか動力に使われていないことを示し、残り60%は熱に変えて大気中に放出されます。

つまり、動力に使わずに捨ててしまっているわけです。このように捨てられている部分が大きいからこそ、多少効率が悪い部分があってもガソリン車は目立たないともいえるでしょう。

 

■磯部さん(日産自動車)コメント

一方、EVは電気エネルギーの90〜93%を動力に使うことができます。エネルギー効率が非常にいい優秀な車だからこそ、エアコンを使用すると航続距離が短くなるなど、動力以外にエネルギーを使う部分が悪目立ちしてしまうのかもしれません。

 

とはいえ、どちらが優れているかを競っても夏の到来は待ってくれません。EVユーザーもガソリン車に乗っていたころの考え方や価値観に引っ張られず、EVをどのように使えば過酷な猛暑を乗り切れることができるのか、そこを考えたほうがよさそうです。

 

※本記事の内容は公開日時点での情報となります

この記事の監修者
鈴木 ケンイチ
鈴木 ケンイチ

1966年生まれ。茨城県出身。國學院大学経済学部卒業後、雑誌編集者を経て独立。レース経験あり。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。