【徹底討論】EVによって「暮らし」はどう変わる?

座談会 後編

ガソリン車と走行性能やランニングコストの違いで語られることの多いEV(電気自動車)ですが、もうひとつの大きな違いは、V2Hという機器を通じてEVが「家の一部」となることです。EVがあると暮らしはどのように変わるのでしょうか。充電インフラの最新事情やマンション充電などとともに、「EVのある暮らし」についてEVに知見が深い4人の専門家に議論してもらいました。

 

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「蓄電池としてのEV」をどう活用していくか?

座談会の様子

左から新庄晶太(東京電力ホールディングス EV推進室。電力供給計画の基になる電力需要の分析・予測に⻑らく携わる。2020年10月よりEV推進室に配属)。井上久男さん(経済ジャーナリスト。NEC、朝日新聞を経て独立。近著に『自動車会社が消える日』『日産vs.ゴーン支配と暗闘の20年』などがある)。岡本幸一郎さん(モータージャーナリスト。自動車情報ビデオマガジンの制作や自動車専門誌の編集に携わったのちフリーランスへ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員)。町田吉弘(EV DAYS編集長、東京電力エナジーパートナーお客さま営業部。社内新規事業コンテストを契機としてEVのサービス開発に携わり、現在はEV DAYSを担当)。

 

町田(EV DAYS編集長)「経済メディアを中心に『日本は世界に比べてEVシフトに出遅れている』『EV周回遅れだ』という指摘がなされていますね」

井上(経済ジャーナリスト)「日本が欧米や中国のメーカーに比べてEVシフトが遅れているのは事実です。それは製品であるEVのラインナップを見れば明らかですし、技術開発の部分でも遅れています。たとえば、車のボディは従来、プレスした鋼材部品を溶接ロボットでつないで製造していました。

しかし、テスラなどが導入しているギガキャストという技術では、体育館ひとつ分ほどあるような巨大な鋳造設備を使って、アルミ合金を溶かして車体の一部を一体成型しています。溶接では車体後部は80部品くらいをつなぎ合わせていたのが、これならひとつで済みます。

そのほうが製造ラインの短期化、コストダウン、車体の軽量化が進むといわれています。また、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)と呼ばれるソフトウェアを更新して車の機能をアップデートしていく発想でもテスラなどに比べてかなり遅れています」

 

座談会の様子

井上久男さん

 

岡本(モータージャーナリスト)「そういった部分で遅れているのはたしかです。それは欧米の多くのメーカーが競うようにラインアップしている高性能モデルが、EVとしてあるべき姿かどうかはさておいて、日本には存在しないあたりにも象徴されます。ただ、日本のメーカーが技術面で遅れているかというと、そんなことはないと思っています。そのあたりは、もう少し日本でもEVのモデル数が増えて、もっと普及が進んだときに、あらためて見直されるのではないかと思います」

 

座談会の様子

岡本幸一郎さん

 

新庄(東京電力ホールディングスEV推進室)「EVは車であるのと同時に蓄電池としての機能も備えています。つまり、エネルギーの有効活用ですね。たしかにいまは諸外国に比べてEVシフトが遅れているかもしれませんが、EVのバッテリーを結節点とし、自動車と電力・エネルギーセクターが融合して再生可能エネルギーを有効活用するというのは、まさに日本らしいビジネスモデルと言えるのでないでしょうか」

 

座談会の様子

新庄晶太

 

井上「次世代電力網においてEVはひとつのデバイスです。大規模な自然災害が発生して停電した地域では、EVの大容量バッテリーが非常用電源の役割をはたし、ライフラインとなるスマホを充電したり、電化製品を使用したりすることができます」

町田「EVと家をつなぎ、EVに蓄えた電気を有効活用するために必要なのがV2Hです。これは自然災害の多い日本で開発されたシステムで、CHAdeMO規格を使用するということもあり、従来は欧州車の多くが対応していませんでした。

しかし、現在はメルセデス・ベンツがラインナップするEVやPHEVの8車種がV2Hに対応し、フォルクスワーゲンもID.シリーズに充放電機能を追加すると本国で発表しました」

 

座談会の様子

町田吉弘

 

岡本「メルセデス・ベンツの場合、V2H対応は日本仕様車独自の機能です。日本で急速充電に使われているCHAdeMO規格は双方向の送電機能を備えているのが特徴で、さらには日本市場でV2H対応のニーズが高いことがマーケティングによって明らかになり、力を入れ始めたのでしょう。多くのユーザーにとって有益な機能ですから、難しいとは思いますが、なんらかの形で将来的には本国や欧州仕様もV2Hに対応するようになるかもしれません」

 

 

EVによって暮らしはどう変わるのか?

座談会の様子

 

町田「もっとも、V2Hを導入しているご家庭はまだそれほど多くありません。シェア9割の業界大手・ニチコンの設置基数はV2H単体で約1万8000基1)、全メーカーを合わせても合計2万基前後でしょう。EV・PHEVユーザーのうち導入しているのは5~10%といったところです」

新庄「V2Hが普及していない大きな理由は、高額な導入コストがかかるためです。コンセントタイプの普通充電器は工事費を含めて10万円程度の費用で設置することができますが、V2Hの場合、本体価格と工事費を合わせて100万円程度の導入コストがかかる場合もあります。そのため、いまは一定の条件下で交付される国や自治体の補助金に頼らざるをえない部分があります」

 

座談会の様子

 

町田「これまでV2Hはニチコン1社の独占状態でしたが、2023年にパナソニックやオムロンなどのメーカーもV2H機器を発売しました。また、東京電力ホールディングスが開発に関わるV2H機器も今年発売される予定です。競争原理が働くようになれば費用が安くなるかもしれません。ただ、初期費用はかかっても、V2Hと太陽光発電を組み合わせればEVのメリットをより生かせます。

我々が言うのもなんですが、いまは電力会社から電気を購入するよりも、太陽光で発電した電気を自家消費するほうがおトクなんですね。そうすると、昼間にEVをあまり使わないなら、太陽光で発電した電気をEVに蓄えておき、夜間に家に戻せばさらに電気代を節約することができる。非常にEVと相性がいいんです」

 

座談会の様子

 

新庄「マイカーは9割が駐車しているというデータもあります。EVを車として利用していない間は、自宅のエネルギーマネジメントのツールとして活用するということですね。我が家でも、V2Hを設置し、あわせて太陽光発電を導入する予定で、エネルギーの効率的な利用を自ら体感したいと思っています。

あとはやはりレジリエンス(災害対応力)です。大規模な地震が発生すると停電が起こる場合がありますが、太陽光発電があれば晴れた昼間は電気を使えますし、EVとV2Hがあれば夜間に電気を使うことも可能です。災害時の停電対策に定置型蓄電池を利用する方法もありますが、EVのバッテリーとは容量がまったく違います。定置型蓄電池の容量は10kWh程度ですが、EVは軽乗用タイプでも20kWh、中には容量が100kWhの車種もあります。

当社が開発に関わるV2Hは、AIがエネルギーマネジメントを担ってくれ、自動でEVの充放電をするなど、電気の使い方を最適化してくれるほか、『もしも』のときにも備えてくれます。我が家での導入効果を楽しみにしているところです」

 

座談会の様子

 

井上「EVを非常時に動く蓄電池として活用するなら、脱着式のバッテリーが必要という議論も出てくると思います。脱着できるバッテリーが開発されれば、必要なときにEVから取り出して避難場所などに持っていき、スマホを充電したり電化製品を使ったりと、避難生活に役立てることができるからです」

町田「すでにヤマハやホンダのEVスクーターが脱着式のバッテリーを採用していますよね。大幅な軽量化が必要ですが、車ももしそうなっていけばEVの用途がさらに広がりそうです」

井上「何十年後に実現するのかわかりませんが、こういうアイデアもあります。日本でも洋上風力発電の導入量が少しずつ増えていますが、発電施設が北海道や東北などに偏っているため、需要地にどうやって送電するかという大きな課題があります。そこで脱着式の電池を活用して鉄道網で配送すれば、洋上風力発電の導入量がもっと増えるのではないかと試算している企業もあるんです」

 

座談会の様子

 

町田「EVバイクにはすでにバッテリーシェアリングサービスがあり、バッテリー交換を必要なときに必要な場所で行えます。脱着式の車のバッテリーが開発されたとしたら、交換サービスをガソリンスタンドなどの既存のインフラで行えば非常に便利でしょう。長距離走行時に困ることもなくなるので理想的ですね」

井上「中国では新興EVメーカーのNIOがバッテリー交換事業を始めていますし、結果的に時期尚早でしたが、日本でもバッテリー交換式のEV普及を目指すベタープレイスというイスラエルのEV関連ベンチャーが、経産省や環境省と合同でバッテリー交換式EVタクシーの実証実験を行ったこともあります2)

 

 

 

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公共充電インフラの設置数はいずれGSを上回る

座談会の様子

 

町田「インフラの話が出ましたが、ガソリン車ユーザーがなかなかEVに乗り換えられない理由のひとつに、公共充電インフラに対する不安感もあると思います。『ガソリンスタンドに比べて充電器の数が少ないからEVに乗るのは心配』という漠然とした不安の声です。新庄さん、この点についてどうですか」

新庄「EVユーザーが利用できる公共の充電インフラは全国に急速充電器約9000基を含む約3万基が設置されています(2023年3月時点)。EV1台あたりの公共充電器数でみれば、欧米に比べて遜色ありません。EVの普及と充電インフラの整備をバランスよく進めていく必要があります。政府は2023年10月に示した充電インフラ整備促進に向けた指針で、充電インフラを2030年までに30万口設置する目標を掲げました。従来は15万基でしたからほぼ倍です。

ひと口に充電インフラといっても、公共の急速充電器以外に基礎充電や経路充電などさまざまな領域があり、それぞれ事業者がいます。一朝一夕では進まないのですが、30万口というのは諸外国と比べても遜色ない数字だと思います」

 

座談会の様子

 

町田「充電インフラの増加スピードとガソリンスタンドの廃業が続く現状を考えると、ガソリン車ユーザーによる『充電器が少ない』という漠然とした不安はいずれ解消されそうです」

井上「長崎県の地方都市に訪れたときに駅からタクシーに乗ったのですが、その車がEVタクシーだったんですね。運転手さんにEVに乗る理由を聞いたところ、『実情に迫られたために乗っている』という言い方をしていました。

地方ではガソリンスタンドの廃業が進み、長距離客の少ない地域のタクシーはEVのほうが使いやすいのです。帰宅後に自宅充電すれば翌朝の営業開始時に満充電になっていますから。そういうタクシーに何度か乗り、単なる偶然ではないと感じました」

 

座談会の様子

 

新庄「国内最大手の充電サービス事業者であり、東京電力グループのe-Mobility Powerは現在、コスモ石油と提携し、首都圏をはじめとしたサービスステーションに急速充電器を設置しており、ガソリンスタンドは充電インフラの拠点にもなっています」

岡本「ENEOSも充電サービス『ENEOS Charge Plus』を立ち上げて急速充電器の設置を進めていますね。2025年までに全国のスタンドに1000基の急速充電器を設置する予定だそうです3)

町田「充電環境ではもうひとつ、マンション充電の問題があります。EVユーザーには戸建ての人が多いのですが、それはマンションなどの集合住宅にお住まいの場合、充電設備を設置するのに住民の合意形成が必要になるからです。そのため、戸建てに比べると集合住宅はEV普及が進まない現状があります」

 

座談会の様子

 

新庄「とくに東京都は集合住宅の割合が約7割と非常に高いことから、自動車ディーラー、充電サービス事業者、マンション事業者、そして東京電力ホールディングスも参加して、2022年9月に『マンション充電設備普及促進に向けた連携協議会』を立ち上げました。いろんな事業者が集まり、どうやってマンションへの充電設備普及を進めるかを議論しています」

岡本「欧州のように路肩などの公共スペースに充電器が設置できたら便利になると思います。欧州は路肩や副道が公的に認められた駐車スペースなので、日本と事情が異なりますが…」

 

座談会の様子

 

新庄「いまe-Mobility Powerが公道上に急速充電器を設置して運用する取り組みを、東京都内や横浜市で行っています。たしかに岡本さんがおっしゃるような事例が増えればユーザーの利便性が増します」

町田「ただ、マンション住まいのEVユーザーからは自宅に充電設備がなくても意外と困らないという声もよく聞きます。ガソリン車ユーザーには、実情以上にEVに乗る前からネガティブな印象をもっている人が多いのかもしれません」

岡本「初代日産『リーフ』が登場したときの、思っていたより航続距離が短いとかバッテリーの寿命が短いとか、そういったことをやたらと強調した一部ユーザーのネガティブキャンペーンの影響かもしれませんね。実際のところ、EVを運転したことのある人というのはまだまだ少ない。そういう人は積極的に機会をつくってぜひEVを味わってほしい。乗ってみれば、これまでEVに対して抱いていた印象がガラリと変わると思います」

 

 

 

 

この記事の著者
EV DAYS編集部
EV DAYS編集部