
【連載:EVのウソ・ホントVol.5】電気自動車(EV)にまつわる噂話を検証していく本連載。第5回目のテーマは、「EVはガソリン車に比べてクルマ酔いしやすい?」という噂の検証です。EVがクルマ酔いしやすいという話はいったいどこまで本当なのでしょうか。専門医にこの情報の真偽について聞いてみました。
「EVはクルマ酔いしやすい」説の真偽は?

家族や友人たちとロングドライブに出かけるとき、自分のクルマが酔いやすいかどうかが気になる人も多いのではないでしょうか。
運転の仕方にもよりますが、サスペンションが柔らかすぎてフワフワ揺れたり、振動が大きかったりしたら、同乗者がクルマ酔いしてしまい、楽しいはずのドライブが台無しになりかねません。
その点で、床下に重いバッテリーを積むEVは低重心で走行安定性に優れ、トルクカーブもフラットなので動きが非常にスムーズです。また、走行音も静かですし、ガソリンや排気ガスの臭いもしません。そのためEVはクルマ酔いしにくい印象があります。
ところが、最近はまったく逆の見方が広がりつつあります。じつは「EVはガソリン車よりクルマ酔いしやすい」というのです。
実際にここ数年、いくつかの自動車メディアが「EVはクルマ酔いを招きやすい」と記事にしていますし、2025年6月にはイギリスの大手紙「ガーディアン」も「EVは乗り物酔いを悪化させるのか?」というテーマでこの問題について取り上げています1)。
はたしてEVは本当にクルマ酔いしやすいのでしょうか。耳鼻科専門医であり、乗り物酔い研究の第一人者でもある川越耳科学クリニック院長の坂田英明さんにズバリ聞いてみました。
専門医が教えるクルマ酔いのメカニズム

最初に知っておきたいのは、「酔いはどうやって引き起こされるのか」というクルマ酔いのメカニズムです。
前提として、たとえば「睡眠不足」「疲労」「過度な空腹・満腹」などや、クルマへの苦手意識や緊張感による「不安」「ストレス」といった体調面・心理面の悪条件が重なれば、「誰でもクルマ酔いしやすくなる」と坂田さんはいいます。
これらの生理的要因や精神的要因に加えて、クルマ酔いと密接に関係しているのが、「目や耳、足の裏(脊椎)、自律神経といった各末梢器官から脳に送られてくる情報(刺激)」だそうです。
■坂田さん(川越耳科学クリニック院長)のコメント
目から得た景色などの情報や、耳や足裏から得たクルマの揺れや振動といった情報は、すべて小脳に集められ、小脳が情報を調整したうえで大脳へと伝達します。人間の体というのは、その調整された情報をもとに大脳が判断を下して動かしているのです。
しかし、たとえばクルマの走行時に進行方向を見ず、スマホなどを見ていると、目から入ってくる情報(=スマホの画面)と耳などから入ってくる情報(=クルマの揺れや振動)のあいだに感覚のズレが生じます。このズレによって小脳が混乱し、自律神経の働きが乱されることでクルマ酔いが引き起こされるわけです。
〈図〉乗り物酔いのメカニズム(イメージ)

なかでも、クルマの挙動に対してもっとも影響を受けやすいのが耳の奥にある「内耳(ないじ)」という器官だといいます。
下の図のように、内耳には大きく分けて、音を感じ取る「蝸牛(かぎゅう)」という器官、おもに平衡感覚を保つ役割を担う「前庭(ぜんてい)」「三半規管」という3つの器官があります。
〈図〉内耳の構造

内耳でバランスに関わるのが、前庭にある「耳石器(じせきき)」と三半規管です。耳石器は体の傾きや直線的な動き(加減速)などを、三半規管は頭の回転の動きを感知します。これらの内部はリンパ液で満たされており、リンパ液が回転や揺れで過剰にかき乱されると、吐き気などが引き起こされるそうです。
これが、いわゆるクルマ酔いの状態です。
■坂田さん(川越耳科学クリニック院長)のコメント
三半規管のひとつである「外側半規管」のリンパ液はアゴを引くことで地面に対して水平になります。バレエダンサーやフィギュアスケーターがいくら回転してもフラフラしないのは、日ごろからアゴを引いて一点を見つめ、一定の速度で回転する訓練をしているからです。姿勢をコントロールすることで、体のバランスを保ち、酔わないようにしているのです。
逆にいえば、姿勢をコントロールできず、バランスを取りにくい状態だと酔いやすくなります。バスの後部座席はクルマ酔いしやすいといわれますが、それは前方の席に比べて進行方向の景色が見えづらいことも一因です。進行方向が見えないために、たとえばバスがカーブを曲がるときなどにその動きを予測できずバランスを取る動きが遅れ、三半規管のリンパ液がかき乱されるのです。
目や耳からの情報による感覚のズレ、小脳の混乱、そして三半規管のリンパ液の揺れ動き…。これらは「EVはクルマ酔いしやすい」という見方にどう関係しているのでしょうか。
EVとガソリン車の走行特性はどう違う?

それを知るためには、EVとガソリン車の仕組みの違い、それぞれの走行特性を理解しておかなければなりません。そもそもの話として、EVとガソリン車は何が違うのでしょうか。
本連載の監修者であり、自動車ジャーナリストの鈴木ケンイチさんは「最大の違いはパワートレインにある」といいます。
パワートレインとは、動力源から発生した回転エネルギーをタイヤに効率よく伝達してクルマを走らせる装置類のことです。ガソリン車のパワートレインは、おもに「エンジン」「クラッチ」「トランスミッション」などで構成され、EVは「モーター」「駆動用バッテリー」「インバーター」などで構成されています。
■鈴木さん(自動車ジャーナリスト)のコメント
エンジンとモーターのわかりやすい違いとして「音」の有無があります。エンジンはガソリンなどの燃料を爆発的に燃焼させて熱エネルギーをつくり、それをピストンの往復運動に変え、最終的には回転エネルギーに変換します。その際、エンジンからは燃焼音や吸排気音、ピストン・クランクシャフトの機械音など複数の音が出ます。これがアクセルを踏み込んだときに「ブォーン」と唸るエンジン音の正体です。
それに対してモーターの構造はエンジンに比べると可動部が少なく非常にシンプルです。簡単にいえば、モーターは磁石の磁力などを利用して電気エネルギーを直接回転エネルギーに変える機器ですので、エンジンのように燃料の燃焼などがない分、非常に音が静かで振動も少ないです。また、電気がエネルギーなのでガソリンの臭いも排気ガスの臭いもありません。
さらに、鈴木さんは「エンジンで動くガソリン車とモーターで動くEVは、動力源がまったく違うだけに、加速力や減速力などの走行特性においても大きな違いがある」といいます。
■鈴木さん(自動車ジャーナリスト)のコメント
エンジンはピストンによる往復運動をクランクシャフトにより回転運動に変換してタイヤを回しますが、回転数を上げてトルク(駆動力)を発生させるまでにタイムラグがあり、また、トルクの高い回転域が狭いという特性があります。
一方、モーターはゼロ回転からでも低回転からでも、アクセルを踏めばその瞬間に最大トルクを発揮し、かつ、最大トルクの値も同クラスのガソリン車に比べると非常に高くできます。そのため、高価格帯のEVのなかにはガソリン車のスーパーカーのようなものすごい加速性能をもつ車種も少なくありませんし、中価格帯のEVの加速力もガソリン車のスポーツカー並です。
〈図〉EV(モーター)とガソリン車(エンジン)のトルク特性のイメージ

また、EVは加速力だけでなく減速力も強力です。エンジンもモーターもアクセルから足を離すと駆動力がなくなる点は同じですが、EVの場合はアクセルから足を離すとモーターを発電機として動作させることで大きな減速力を生み出すことができます。これは「回生ブレーキ」と呼ばれる仕組みで、一部車種ではアクセルオフのみで完全停止できるほど強力です。
こうしたEVとガソリン車のおもな走行特性の違いを表にまとめると以下のようになります。
〈表〉EVとガソリン車のおもな走行特性の違い
| EV | ガソリン車 | |
| 音・振動 | 非常に少ない | 加速時に大きく発生する |
| 加速力 | ゼロ回転や低回転から力強く加速する | 回転数を上げて加速する(タイムラグがある) |
| 減速力 | 回生ブレーキにより強力に減速する | エンジンブレーキで緩やかに減速する |
この違いを踏まえて、「EVはクルマ酔いしやすい」という見方の真偽についてあらためて坂田さんに聞いてみました。
クルマ酔いしやすい可能性はあるが…?

坂田さんはEVとガソリン車の違いのなかでも、EVの「エンジン音がしない」という点が大きなポイントだといいます。
■坂田さん(川越耳科学クリニック院長)のコメント
加速時にエンジンが「ブォーン」と唸って振動すれば、「いまから加速するな」と予測できますので、アゴを引くなど体勢を整えておくことが可能です。しかし、音や振動が少ないEVは動きを予測しづらいため、体勢を整えるのが間に合いにくくなるのです。そうすると感覚にズレが生じ、小脳が混乱して、同乗者がクルマ酔いする可能性があります。とくに進行方向が見えづらい後部座席に座っている場合、目からの情報も入ってこないため、さらにクルマ酔いしやすくなるでしょう。
「酔い」という状態と「音」は密接に関係しているそうです。
内耳には体の平衡感覚を脳に伝える「前庭」に加えて、脳と耳をつなぐ聴神経などもあります。人はこうした複数の感覚情報を組み合わせて、体の動きや揺れを判断しているため、音という情報がないと「平衡感覚がうまく働かない」と坂田さんはいいます。
■坂田さん(川越耳科学クリニック院長)のコメント
患者さんなどに「耳を塞いで歩いてください」というと、難聴状態になり、みなさんフラフラして乗り物酔いなどを起こしやすくなります。
しかも、エンジン音がしないうえに、EVは同クラスのガソリン車に比べて加速力や減速力が強力です。「強い加速や減速は三半規管を刺激し、やはりクルマ酔いしやすくなる」といいます。
■坂田さん(川越耳科学クリニック院長)のコメント
ただし、EVにはガソリンの臭いがありません。ガソリンの臭いは嗅神経を通じて自律神経を刺激し、揺れが少ない状態でも酔いやすくなります。ガソリンの臭いがしない点に関してはEVのほうがクルマ酔いしづらいといえます。
こうして見ると、EVは静かでレスポンスがよいというメリットがある反面、ガソリン車に比べると動きが読みにくいと感じることがあり、その違いなどから酔いやすくなる人もいるようです。もちろん、ドライバーの運転の仕方によっても酔いやすさが大きく左右されるのはいうまでもありません。
ただし、たとえEVがクルマ酔いしやすいとしても、それは「慣れ」によってやがて解消されていくかもしれないそうです。
たとえば、子どもが自転車に乗ると、最初はうまく乗れず転んでしまいますが、一度乗れたらその後は普通に乗れるようになります。これは「運動学習によるもの」と坂田さんはいいます。
乗り物酔いの歴史はかなり古く、人間が自分の足以外の移動手段をもち始めたときから存在したといわれています。中世のヨーロッパには「馬車酔い」の記録が多数残っていますし、江戸時代の日本人は「籠酔い」する人も多かったといわれています。
20世紀初頭にベルトコンベアで大量生産されたガソリン車がアメリカに登場したときも同じだったのでしょう。「何度も乗ることで、その身体感覚が小脳に記憶されます。そうやって、馬車、汽車、自動車…と、人間はさまざまな乗り物に適応してきたのです」と坂田さんはいいます。
さらに、最近はドライブモードによって仮想エンジン音を車内に響かせるEVの新型車も登場してきました。もっと多くの人がEVに乗るようになれば、「EVはガソリン車より酔いやすい」などといった話も話題にならなくなるかもしれません。
とはいえ、EVに乗り慣れるまでのあいだや、クルマ酔いしやすい人が同乗する場合には、ちょっとした工夫で不快感を和らげることも大切です。家族や友人にクルマ酔いしやすい人がいるという場合は、坂田さんが作成した以下の「乗り物酔いを防ぐための7カ条」を参考にしてみてください。

クルマ酔いのメカニズムを知ると、「EVは酔いやすい」という噂の見え方も少し変わってきます。EVならではの特性を理解したうえで、安心・快適なEVライフを楽しんでみてはいかがでしょうか。
※本記事の内容は公開日時点での情報となります
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