エンジン車※にはない電気自動車(EV)の大きなメリットのひとつに「回生ブレーキ」があります。EVはエンジン車と違い、走行時の運動エネルギーを電気エネルギーに換えて回収し、再利用しています。では、回生ブレーキとはいったいどういうものなのでしょうか。この記事では、回生ブレーキの仕組みとメリットを解説します。
※この記事中の「エンジン車」は純エンジン車のことをいい、ハイブリッド車(HV)は含まれないものとしてお読みください。
- 運動エネルギーを生き返らせる「回生ブレーキ」
- 回生ブレーキのメリットは?
- 回生ブレーキのデメリットは?
- 回生ブレーキを効率よく使用するには?
- メーカーや車種によって異なる回生量と操作方法
- 回生ブレーキに注目して車種を選んでみよう
【あわせて読みたい記事】
▶【図解】「EV(電気自動車)」とは?|HV・PHV・FCVとの仕組みの違いを解説
運動エネルギーを生き返らせる「回生ブレーキ」
EVが身近になってくるとともに、「回生ブレーキ」というキーワードを耳にする機会が増えてきました。
回生とは「生き返る」という意味です。エンジン車の場合、減速するときには車を動かしていた運動エネルギーが熱として失われます。しかし、モーターで動くEVやPHEV(プラグインハイブリッド車)などでは、減速時に運動エネルギーを電気エネルギーに換えて(生き返らせ)、駆動用バッテリーに戻して再利用することができます。このように減速時にモーターを発電機として活用する仕組みが回生ブレーキです。ハイブリッド車(HV)にも機能としては存在していますが、EVやPHEVと比較すると、モーターやバッテリーの容量の違いなどから、その効用は小さいものとなります。
具体的に、エンジン車に使われているブレーキとどのような点が違うのでしょうか。「摩擦ブレーキ」と呼ばれるエンジン車のブレーキと「回生ブレーキ」の違いをみてみましょう。
摩擦ブレーキはエネルギーを大気中に捨てている
エンジン車は油圧式の「摩擦ブレーキ」を採用しています。タイヤと一緒に回転するディスクローターや円筒状のドラムにブレーキパッドを押しつけることで摩擦熱を発生させ、タイヤが回転する運動エネルギーを熱エネルギーに変換しています。
この熱エネルギーは大気に放出され、それによって車が減速する仕組みです。つまり、摩擦ブレーキは、加速するために使ったエネルギーを熱にして捨てることで車を減速させているわけです。
回生ブレーキはエネルギーを捨てずに再利用する
一方、モーターで走るEVは、減速時にもモーターを使います。モーターはアクセルを踏むと駆動力を生み出しますが、アクセルから足を離して減速するときには逆の力が働いて発電機になります。この発電に要する力がタイヤの回転の抵抗になって減速する仕組みです。
これは古い自転車の前輪の横に備わっているダイナモ式ライトをイメージするとわかりやすいかもしれません。ダイナモ式ライトを作動させると、発電の抵抗で自転車の速度が落ち、ペダルが重くなります。運動エネルギーを電気エネルギーに変換するため減速してしまうのです。
回生ブレーキのポイントは、摩擦ブレーキのように熱エネルギーを捨てるのではなく、運動エネルギーを電気エネルギーに換えてバッテリーに「回」収し、走行に「生」かす点にあります。
エネルギーを無駄にせず有効活用するという意味で、回生ブレーキはEVやPHEVなど電動車ならではの非常に効率的な仕組みと言えるでしょう。
コラム:そもそも「エネルギー」って何?
「運動エネルギー」を「熱エネルギー」や「電気エネルギー」に変換すると聞いても、いまひとつ意味がわからない人もいるかもしれません。そこで、エネルギーについて簡単に説明します。
エネルギーは消えたり無から生じたりすることはありません。エネルギーは形を変えますが、その全体量は変わりません。これを「エネルギー保存の法則」と言います。
車が「走る」「動く」のは、ガソリンや電気のエネルギーを運動エネルギーに変えているからです。車が減速したり停車したりするときは、この運動エネルギーをほかのエネルギーに変換して減少させる必要があります。
摩擦ブレーキは、運動エネルギーを熱エネルギーに変換しますが、熱エネルギーは貯めることができないので捨てる以外に方法がありません。一方、電気エネルギーはバッテリーに貯めることが可能なので、回収して再利用することができるのです。
【あわせて読みたい記事】
▶【図解】電気自動車(EV)バッテリーの基礎知識。仕組みや種類、車種別容量まで解説
回生ブレーキのメリットは?
前述のとおり、回生ブレーキは「エネルギーを無駄にせず有効活用する」という考え方の仕組みなので、回生ブレーキを制動システムに使うEVやPHEVなどの利用者にさまざまな恩恵をもたらします。メリットをひとつずつ見ていきましょう。
メリット① 電費が向上して、航続距離が伸びる
エンジン車が減速時に捨てていたエネルギーを電気エネルギーに換えて回収し、その電気を再利用するため、EVやPHEVなどは電費を向上することも可能になります。
回生ブレーキで電費がどれくらい向上するかは、モーターの種類によって変わります。また、発電した電気を直流電流に変換したり、バッテリーに取り込んだりする際には、厳密に言うと“抵抗による熱”として電気が少し失われます。
それでも、ローター(回転子)に永久磁石を使用する「永久磁石型同期モーター」を採用するEVの場合、回生ブレーキで運動エネルギーのおよそ60%を回収できると言われています。これだけエネルギーを回収でき、電費を向上できるのは大きなメリットと言えるでしょう。
電費が向上すれば、当然ながら航続距離も伸びます。このことを強く実感できるのが、回生ブレーキを働かせて標高の高い場所から長い坂道などを下っているときです。
坂の上にいるとき、車には「位置エネルギー」が貯まっています。坂道を下って速度が上がるのは、位置エネルギーを運動エネルギーに変換しているということです。回生ブレーキはその運動エネルギーを電気に換えてバッテリーに貯めているわけです。
特に、バッテリー容量が比較的小さいEVの利用者は、長い坂道を下りているときにメーターに表示されるバッテリー残量が増え、航続距離が伸びていることをリアルに確認できるはずです。
メリット② ブレーキパッドの寿命が延びる
エンジン車は、ブレーキを踏むとマスターシリンダーの油圧がブレーキパッドにかかり、ブレーキパッドがディスクローターに押しつけられます。このときに発生する摩擦が、タイヤの回転力を押さえ込みます。
しかし、EVはブレーキパッドによる摩擦ではなく、タイヤが回転する運動エネルギーを電気エネルギーに変換するときに起こる抵抗によって減速します。当然、ブレーキパッドはほとんど消耗しないため、その分メンテナンス費用が安くなるわけです。
ただし、回生ブレーキの減速力だけには頼らず、摩擦ブレーキを併用することもあります。とはいえ、ブレーキパッドが作動するような急減速の機会はそう多くなく、エンジン車に比べてブレーキパッドの寿命が長いのは間違いありません。
メリット③ エネルギーに対する意識が高まる
エネルギーを無駄にせず効率的に使う回生ブレーキは、環境性能の高いEVやPHEVなどならではの制動システムです。加えて、EVに乗っているとそれだけで「エネルギー意識が高まる」というメリットがあります。
具体的には、EVに乗ると車を走らせるためにどれだけ多くのエネルギーを使っているかがよくわかります。それを最も実感するのが、上り坂ではみるみるうちに電気が減っていくのに、前述のように回生ブレーキを使って長い坂道を下ると、逆に充電されていくときです。これはエンジン車では味わえない感覚と言えるでしょう。EVに乗ると、車だけでなく、家のエネルギーなどにも興味・関心を抱き、省エネや環境に意識が向くかもしれませんね。
【あわせて読みたい記事】
▶電気自動車(EV)のメリットとは?購入前に知っておきたいことを解説
回生ブレーキのデメリットは?
回生ブレーキだからといって、EVやPHEVなどでは何か特殊な乗り方をしなければいけないわけではなく、車の使い方は摩擦ブレーキのエンジン車と同じです。回生ブレーキを使うことで生じるデメリットは、特に何もありません。
コラム:意外と身の回りに多い回生ブレーキ
回生ブレーキはエネルギーを効率的に利用できるので、車以外にも私たちの身のまわりのさまざまな電気機器に使われています。そのひとつが電車です。
モーターで動く電車のブレーキ方式も、大別して「車輪の回転を摩擦で低下させる方法」と「モーターの回転力を電気的に低下させる方法」がありますが、後者が回生ブレーキです。電車ではかなり古くから使われ、新幹線をはじめ、ほとんどの電車が導入しています。
また、モーター式エレベーターにも回生ブレーキが使われています。エレベーターは通常、人が乗るカゴやおもりを巻上機(モーター)によって上下させますが、その際に重さに引っ張られるような力がかかるとモーターが発電機の働きをするのです。
さらに、一部のメーカーが販売する電動アシスト自転車にも回生ブレーキを使ってアシストできる距離を伸ばせるものがあります。
回生ブレーキを効率よく使用するには?
もともと回生ブレーキは効率的な制動方法であり、車種ごとに工夫して制御されているので、回生ブレーキを効率よく使用するための特別なテクニックは特にありません。基本的には、エンジン車のエコドライブと同じ考え方で大丈夫です。
たとえば、アクセルをゆっくり踏んで発進する、車間距離にゆとりをもって無駄な加速・減速を避け、速度変動の少ない運転をするなど、省エネ運転のポイントとされるものがあります。
つまり、「回生をどれだけ使うか」というより、「電費をどれだけ伸ばすか」という考え方です。普段からそういう乗り方を心がければ、おのずと回生ブレーキも効率的に使えるはずです。
【あわせて読みたい記事】
▶︎航続距離を伸ばすEV版エコドライブの秘訣。ガソリン車とは真逆のテクも
メーカーや車種によって異なる回生量と操作方法
EVやPHEVなどの場合、アクセルから足を離すとモーターは発電機になるのは同じですが、電気をどのくらい回収できるのか・どのように回収するのかは車種ごとに異なります。
ほとんどのEVは、直流を交流に変換するインバータや、電圧をコントロールするコンバーターを組み合わせた「コントローラー」の働きで電気を回収します。
また、同じ回生ブレーキでも、メーカーや車種によって操作方法が異なります。代表的な3車種を例に簡単に説明しましょう。
回生ブレーキによる減速度を走行モードにより選べる「日産リーフ」
日産リーフには、通常の走行時に用いられる「Dレンジ」のほかに「Bレンジ」という走行モードがあります。Bレンジを選ぶと、アクセルから足を離した際の電気のエネルギー回生がやや強くなります。
さらに、リーフには回生を強め、アクセルペダルだけで加減速~停止までをコントロールできる「e-Pedal」1)もあります。「e-Pedal」は、アクセルペダルから足を離すと回生ブレーキのみで完全停止までできるシステム(完全停止まではしない車種もあります)です。これにより、アクセルペダルとブレーキペダルの踏み替え回数が大幅に減るため、疲労や踏み間違えリスクが減少し安全性が高まるメリットがあります。
【あわせて読みたい記事】
▶【EVの回生ブレーキを検証】富士山の五合目から下ると充電量は何kWh増える?
6段階で回生を調節する「三菱アウトランダーPHEV」
三菱アウトランダーPHEVには、回生ブレーキの強さを調節できる「回生レベルセレクター」というパドルシフトが装備されています。2)
パドルで調整する回生レベルは6段階あり、回生を強くしていくと回生量も多くなります。一方、最も弱くするとアクセルを戻しても回生が働かずほぼ速度が落ちないという特徴(コースティング)があります。自分の好みに合わせて回生ブレーキを操作することができるので、このパドル式が使いやすいと感じる利用者も多いようです。
最近ヒョンデIONIQ 5やメルセデスベンツEQAなど、回生ブレーキのパドルシフトを採用するEVが増えつつあります。
また、ペダル踏み替えを減らし運転の疲労を軽減する「イノベーティブペダル オペレーションモード」というワンペダル機能もあります。こちらを選択するとパドルシフトで操作することなく、常に強めの回生ブレーキが働きます(完全停止まではしません)。
【あわせて読みたい記事】
▶EVの「ワンペダル」とは?仕組みや使い方、メリット・デメリットを解説
回生協調ブレーキの先駆け「トヨタプリウスPHV」
「回生協調ブレーキ」3)という方式を最初に搭載したのが「プリウス」です。これは簡単に言うと、摩擦ブレーキと回生ブレーキをバランスよく組み合わせて制御する方法です。最近では、回生協調ブレーキを採用する車種も増えていますが、制御が複雑なため、ようやく実用化できたメーカーがほとんどです。
ブレーキを踏むと、まず摩擦ブレーキが作動しますが、同時にコンピューターが回生ブレーキを作動させて運転手が求めるブレーキの強さを判定し、回生ブレーキの強さを制御します。そのとき回生が足りなければ、摩擦ブレーキで補うという仕組みです。
参考資料
1)日産「リーフ」
2)三菱「アウトランダー PHEV」
3)トヨタ「プリウスPHV」
回生ブレーキに注目して車種を選んでみよう
エンジン車が減速時に捨てていたエネルギーを回収して再利用する回生ブレーキは、EVやPHEVなどの特徴であり大きなメリットです。山の上から回生ブレーキを使って坂道を下っていると、バッテリー残量が増えていくのは、エンジン車にしか乗ったことのない人には不思議な感覚かもしれません。
今後、EVが本格的に普及していけば、さまざまな方法で回生ブレーキを制御する車が登場することでしょう。前述したように、ひと口に回生ブレーキといっても車種によってそのコントロールの幅や乗り味は大きく変わります。三菱アウトランダーPHEVのように運転手の意のままに回生量を変えられる車もあれば、日産リーフのように完全ワンペダル方式が可能な車もあります。メーカーによって考え方が違うのです。
EVへの乗り換えを検討している人は、その点に注目して車種を選ぶのもいいでしょう。回生ブレーキが今後、どのような方向に変化していくのか注目し、期待してください。
この記事の著者
EV DAYS編集部
この記事の監修者
森 修一
一般社団法人日本EVクラブ理事、拓殖大学 工学部 機械システム工学科 助手。1970年代から環境エネルギー問題に興味を持ち、学生時代「水素エンジンのターボ過給」の研究に携わるも、1994年日本EVクラブのイベント参加を機に、EVへのコンバートにのめりこみ、以来トヨタスポーツ800をはじめトヨタ2000GTなど7台をEVにコンバート、電動レーシングカート10数台を製作し、これらの電気自動車を使ったイベントの開催にも携わっている。これらの経験を若者に伝えるために2012年、メーカー系自動車大学校に日本初の電動車両を専門に学ぶ、スマートモビリティ科を設立。国家1級小型自動車整備士。